Metzler, I. (2016). Fools and idiots?: intellectual disability in the Middle Ages. Manchester, UK, Manchester University Press.
「精神薄弱」と「知的障害」の日本語の歴史は、1950年頃に学校教育において「精神薄弱」という用語が、1998年の法律改正で「知的障害」という用語が用いられるようになった。英語では feeble minded, mental retardation, そして現代では intellectual disability (ID) などの用語が用いられてきた。
これを日本での昭和戦前期の精神病院に収容されるような疾病と区別することは、わりと易しい側面と、非常に難しい側面があるだろうことはなんとなく予想できる。実際に症例誌を読むと、当時の医者たちも「これは精神疾患ではない」と考えている「知的障害」の事例がある。軽い知的障害をずっと持ってきた患者で、18歳くらいで精神病院に代用で入院して、医者が「早発性痴呆ではない」という記録を書く事例などが、区別しやすさを示す一つの典型である。難かしさは、昭和戦前期というと、江戸時代からの経験の蓄積が非常に大きな部分があるので、どういえばいいかすら分からない(涙)
この問題を中世と初期近代のヨーロッパに関して議論しているのが、メツラー先生の著作である。 近現代より以前には、madness の概念と fools や idiots の概念が異なったという議論が、その著作の冒頭に置かれている。ヨーロッパの別の国の単語だときっと大混乱が生じるのではと思っているので英単語を用いると、madness と fools and idiots の二つで考えるといい。madness はその中に mania と melancholia の二つの概念を含みこんでいる。メツラー先生によると、これらは glamour があり、madness は患者の状況を大きく変動させ、急速に治ることや悪化することがあった。人々の関心を強く惹きつけるような魅力を持っている。その魅力に興味を持ったのが、同時代人であり、歴史学者である。それに対して、fools and idiot は変動や動きの変化がとても小さく、急速な治療や悪化もあまり少ない。そのため、同じ時期の人々も歴史学者も関心の程度が低かった。そのような研究状況の中で、fools and idiots の歴史を書いてみようという試みである。