戦前日本の優生学と社会調査の論文

戦前日本の精神医学が優生学に対してとった態度は難しいですが、総じて熱烈な歓迎をしなかったというのは事実であったと思います。精神医学というより、生理学をはじめとする医学の他の診療科に属している個人、特に永井潜の活躍が目についています。

しかし、日本の精神医学が何もしなかったわけではありません。一つ、組織的に行われた大きな研究主題が社会調査でした。村や島などの地域を選び、その地域の精神疾患の患者を見つけてインタビューをして診断し、その親族や祖先の精神疾患の状況を調べるという調査です。東大教授の内村祐̪之、三宅鉱一、九大教授の下田光造らの指導的な精神病医、のちに東大教授となった秋元波留夫などが指導・参加している調査が行われました。戦後の関連調査も合計すると20件ほどが行われ、論文が執筆されています。

この調査の論文を読んでまとめた論文を刊行しました。以下のドイツ語の書物に英語で書いております。手に入りにくい書物かと思いますので、興味がある方は、ご連絡ください。PDFをお送りします。

Thomas Müller (Hg.) Zentrum und Peripherie in der Geschichte der Psychiatrie: Regionale, nationale und internationale Perspektiven (2017)  

 

マイモニデス『医学箴言』のアラビア語・英訳の刊行

press.uchicago.edu

 

中世イスラム圏で活躍した医師でありユダヤ教のラビであったモーゼス・マイモニデス(Moses Maimonides, 1135 or 1138 - 1204) が残した「医学箴言」。主としてガレノスから選ばれて、医学の主題ごとに配列されている。このテキストのアラビア語原典と英語の対訳がついに完了したとのこと。訳者はヘリット・ホス先生。ポスドクの頃は、アヴァンギャルドな黄色いスラックスに赤い靴を合わせたパンク風のファッションが似合う古典学者でした。マイモニデスの仕事の多くが翻訳刊行されていて、買いそろえてみたい誘惑にかられますね。少なくとも、医学箴言は買おうかしら。ガレノス自身の著作としては残っていないものからも箴言が取られているとのこと。

 

 

press.uchicago.edu

天然痘の歴史の国際プロジェクト

International Smallpox Project | H-Sci-Med-Tech | H-Net

 

フィラデルフィアの医学史研究の拠点であるミュター博物館が主催する、国際天然痘プロジェクトへの参加の呼びかけです。日本の天然痘と種痘の対策は、各地にさまざまなタイプの史料や標本があり、貴重な資源になっています。この研究をリードして、日本国内の資料を学際的に整備して、それを国際的に発信するHistory of Medicine のプロジェクトを始動できる若手から中堅の研究者が待たれています。

 

正倉院展の蜜蝋のこと

 
第69回の正倉院展。今回は地味な正倉院展で、日本史の教科書の図版に出てくるような、話題になるこの一点がなかったのかもしれない。来年はおそらく派手なアイテムがきらぼしのように並び、正倉院展としては第70回、平成も30年で最後の年になるのにふさわしいものになるのだろうか。
 
医学史家としてはとても楽しいアイテムがあった。蜜蝋、当時の云い方でいうと蝋蜜である(漢字の不正確さはゆるしてください)。これは、今年の目玉アイテムである羊木ろうけちの屏風、熊鷹ろうけちの屏風の関連で出た薬品である。はじめて出陳されたアイテムである。この屏風は、布の一部に蜜蝋を塗って、それを利用して模様を描く手法であるとのこと。その関係で塗る蜜蝋が展示されていた。手のひら前後の大きさで、厚さは1-2センチはある円盤状の蜜蝋が45点ほどだから、かなりの量である。トウヨウミツバチの巣をとかして圧搾してつくるとのこと。
 
大切なことは、この蜜蝋は薬物であったことである。中国の古代の医書にも現れるし、正倉院でも「種々薬帳」に記載されている。古代から初期近代までの医学において、薬と食品はわりと連続しているし、薬を工芸の目的に使うことには違和感がない。ただ、カタログで説明されていた話は工芸が中心で、薬としての利用についてよくわかる説明がされていなかった。また、20の円盤の中央に穴をあけてつないで一つの連にするという発想や、円盤と方形の蜜蝋があることなども、薬の移動や取引の仕方に何か洞察を与えると思うけれども、それについても説明されていなかった。このあたりの薬の取引と利用の話、医学史の研究者として私が苦手にしている領域なので、どなたか、説明できる方がいれば。
 
正倉院の時代はもちろん華やかな時代だが、国民は日本史のうえでも有数の新規の疾病に痛めつけられていた時代でもあった。東大寺の大仏も国分寺の建設も、「天平天然痘」と呼んでいる、日本で最初の確言できる天然痘から国家と人々を守ることが大きな影響を持っている。そこで出てきた薬と工芸の話は、新しい話がでてくる可能性が感じられた。
 
余分な話を。東大寺の荘園で「糞置村」の地図が展示されていた。これは越後の国に「糞置荘」として実在するとのこと。2006年の新聞記事に少し詳しい記事があった。
 

アメリカでは平均寿命の短縮が始まったのだろうか。

www.nytimes.com

 

知るのが遅れたけれども、これは今から1年ほど前の2016年のニュース。2016年にアメリカの平均寿命が前年より0.1年短くなったとのこと。これまで1993年にHIV/AIDSの死亡率がピークに達した時に平均寿命が短くなったことがあるが、今回の短縮は原因が分からないとのこと。そして、もう一年の短縮が継続すると、文明が新しい段階に入ったことを意味するとのこと。2017年のデータもそろそろ上がっているのだろう。イギリスの雑誌でスティグリッツがアメリカでは平均寿命が短くなっていると言っているのは、アメリカにとっての文明の新段階が始まったということだろうか。もともとアメリカの平均寿命は、かなりの期間にわたって停滞をしていた。

 

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日本の鳥の巣図鑑

オーストラリアガマグチヨタカ - Wikipedia

 

鈴木, まもる. 日本の鳥の巣図鑑全259. 偕成社, 2011.

野鳥の会の会員誌で知った鳥の巣の愛好家の本。子供向けだけれども、きちんとした図鑑風の本である。イラストはもちろんしっかりしているし、おそらく実際に見て描かれたものばかりだと思う。鳥の巣の分類、鳥のサイズや卵やヒナの描写、面白いエピソードなども楽しい。確かに鳥の巣の吸引力がかなりアップした。野鳥の会が鳥の巣の情報をなるべく会員に知らせないようにしているのもよくわかる。

托卵のページが面白かった。ホトトギスカッコウなどの、他の鳥の巣に卵を産む鳥の話である。托卵する鳥は仮親の鳥を騙すという大目的があり、卵の色や形がやはり似ている。ホトトギスの深い茶色の卵、ツツドリの薄い茶色の卵、カッコウの黄色味がある地に模様が入っている卵、そしてジュウイチの緑の卵など、驚くほど仮親の鳥の卵に似ている。

もう一つ、巣を作らない鳥の話。ほとんどの鳥は立派な巣を作る。コチドリなどは河原に産みっぱなしのように見えるけれども、石で周りを囲むなどの小技は使っている。しかし、ヨタカは違う。地面に産みっぱなしであり、そこで卵を抱いて温める。これは、何もしないようだが、そうではないという。ヨタカは地面に似ており、雛も地面に似ている。だから地面にそのまま産むのが周りの景色に溶け込んでいいとのこと。何もしないように見えても、立派な子育てであるという。また、オーストラリアのオーストラリアガマグチヨタカは、親もヒナも木の枝にすごく似ていて、同じように巣を作らないとのこと。

中西恭子先生にレクチャー・コンサート「精神医療と音楽療法の歴史」(松沢病院)についての記事を頂きました。

bit.ly

 

9月16日に松沢病院で開催されました、精神医学と音楽療法の歴史のレクチャー・コンサートについての記事を頂くことができました。著者は宗教学宗教史学研究者の中西恭子先生です。学者でありまた詩人でもある中西先生に、前半の近代日本の精神医療と音楽療法の講演とコンサート、後半の初期近代イタリアとイングランドの音楽における狂気の講演とコンサートにわかれたイベントについて書いていただきました。講演と演奏の魅力を伝えてくれる素晴らしい記事です。ぜひご一読ください。