映画『プラネタリウム』と降霊術の世界

planetarium-movie.com

一つ大きな書評を終えて、仕事をしなくていい土曜日を作り出した。静岡で映画『プラネタリウム』を実佳と観る。ナタリー・ポートマン、リリー=ローズ・デップ、エマニュエル・サランジェが出演している。
 
1930年代のパリとフランスが舞台。アメリカ人のスピリチュアリストの姉妹が、降霊会やショーを提供して一儲けするためにパリにやってきて、そこでフランスの映画プロデューサーの目に留まり、超常現象や亡霊を映画に収めようという仕事に協力する。しかし、このスピリチュアリズムというのはもともとインチキであり、映像化の試みももちろん失敗し、映画プロデューサーはユダヤ人であったこともあって会社の金を使った外国人として投獄される、という話である。
 
この映画には歴史的な実話が二つからんでいる。一つはアメリカ人のスピリチュアリストの姉妹の話で、これは19世紀の後半にNYで活躍した三人姉妹のフォックス姉妹 Fox sistersをかなり忠実になぞっている話である。映画では二人の姉妹になっているが、実務にたけて売り込みがうまい姉(ナタリー・ポートマン)と、霊媒でなにかぼけている妹(リリー=ローズ・デップ)という設定も同じである。それ以外に、あちこちでフォックス姉妹のエピソードが織り込まれていた。英語 Wikipedia を読むと、いくつかの場面や演技が歴史的にフォックス姉妹にインスピレーションをたどるためだということがよくわかる。もうひとつは、フランスに住むユダヤ人の映画プロデューサーは、ベルナール・ナタンという、1930年代に活躍したフランスの映画監督をモデルにしているとのこと。 私がまったく知らない人物だが、ちょっと調べてみると、フランス映画の礎を築くと同時に、ポルノ映画を製作・出演したともいわれているとのこと。ポルノ映画云々の話に基づいた場面もあった。
 
医学史家として、降霊術やサイコの市場性に関する話が面白かった。また、二つの世界大戦の間に挟まれた時代に設定したことで、前の大戦での数百万の死んだ兵士たちの亡霊や、第二次大戦のホロコーストとつなげる話作りが可能になったことも勉強になった。俳優たちはもちろん総じて実力者ばかりで、リリー=ローズ・デップは、演技をいっさいしなくていい役だった。彼女はジョニー・デップヴァネッサ・パラディの娘であるが、お母さんに似たのだろうか(笑)
 
フォックス姉妹については、こちらをさっと読みました。1888年に自らこれは壮大なインチキだったと告白した部分が強調されている。彼女たちのごまかしの自白を引用しておく。
 
"That I have been chiefly instrumental in perpetrating the fraud of Spiritualism upon a too-confiding public, most of you doubtless know. The greatest sorrow in my life has been that this is true, and though it has come late in my day, I am now prepared to tell the truth, the whole truth, and nothing but the truth, so help me God! . . I am here tonight as one of the founders of Spiritualism to denounce it as an absolute falsehood from beginning to end, as the flimsiest of superstitions, the most wicked blasphemy known to the world." – Margaretta Fox Kane, quoted in A. B. Davenport, The Deathblow to Spiritualism, p. 76. (Also see New York World, for October 21, 1888 and New York Herald and New York Daily Tribune, for October 22, 1888.)
 

オランダの薬箱

https://www.amazon.co.jp/Collectors-Cabinet-Miniature-Pharmacy/dp/9491714724/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1510221836&sr=8-1&keywords=collector%27s+cabinet+with+miniature

 

オランダのアムステルダム国立博物館が所蔵する薬箱についての詳細な書物。おそらく18世紀のアムステルダム薬種商か医師が持っていた薬箱であるとのこと。当時の薬種商のお店の薬棚をミニアチュアにする発想である。大きなタンスに扉と棚と容器が複雑についていて、その総てが説明されている。夢のおもちゃ箱のようなもの、あるいは大きくて複雑なドールズ・ハウスが近いのかもしれない。さまざまな植物、鉱物、動物系の薬物を専門家による詳細な研究を経て同定してある。そのカタログも素晴らしい。7,000円を超える商品だが、私は十分に満足した。

 

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アジアの植民地医学のコンファレンス

「脱植民地後の植民地医学」のコンファレンスです。第9回のアジア医学史学会と東南アジア医学史学会の共同コンファレンスになります。パネルを応募しています。場所はインドネシアジャカルタ、時期は来年の6月末になります。

 

CALL FOR PAPERS for a joint meeting of

 The Asian Society of the History of Medicine (9th meeting)

and

HOMSEA (History of Medicine in Southeast Asia)

 to be held in Jakarta, Indonesia, June 27-30, 2018

 

Theme:

 

Colonial Medicine after Decolonisation:

Continuity, Transition, and Change

 

Guidelines for Submission: Submissions on all topics related to the history of medicine in Asia are welcome; submissions related to the conference theme are especially encouraged. Participants can submit full panels (2, 3, or 4 papers) as well as individual papers. Paper proposals (title, author, and an abstract in English of no more than 200 words) and a1-page curriculum vitae or panel proposals (a panel proposing of no more than 200 words with abstracts and 1-page CVs of all participants) should be sent by electronic mail to James Dunk (james.dunk@sydney.edu.au). The program committee reserves the right to suggest changes and revisions to abstracts and panel proposals.

 

Deadline for submission: 1 February 2018

Notification of acceptance will be given by 1 March 2018.

 

Program committee: Dr Harry Yi-Jui Wu (Hong Kong); Dr. Ning Jennifer Chang (Taipei); Prof Laurence Monnais (Montreal); A/Prof Hans Pols (Sydney); Dr. Yu-Chuan Wu (Taipei); Dr. Por Heong Hong (Kuala Lumpur); and members of the Local Arrangements Committee.

 

Unfortunately, the ASHM cannot offer funds to defray travel expenses due to budget constraints. There is a range of affordable accommodation available near the conference venue. Participants are encouraged to apply for support from their home departments or institutions.

 

The conference will be hosted by the Indonesian Academy of Sciences, which is located in the new buildings of the Indonesian National Library in the centre of Jakarta.

 

地獄絵ワンダーランド

www.nhk-p.co.jp

 

三井記念美術館, 龍谷大学龍谷ミュージアム, and Nhkプロモーション. 地獄絵ワンダーランド : 特別展. NHKプロモーション, 2017.

私は行くことができなかったが、実佳が行ってカタログを買ってきてくれた展示である。いま少し地獄について考えているときだから、とてもためになった。

次の話で、精神医療の症例誌から少し発展させて地獄の考えに触れるようにしようと思いついて、色々と地獄関係の本を読んでいる。中村元の解説や『往生要集』や『歎異抄』なども読んでみて、議論のある部分は形ができてきた。ただ、この書物で面白かったのは素朴な地獄絵という矢島新さんの議論であった。精神医療の症例誌を読むと、患者が普通に生活している空間で起きたことの話なので、強い緊張感や悲劇的な事態は、たしかに重要であるが、全体としてみると少数派であり、実際には頓珍漢で素朴な話が多いというのも事実である。それを素朴と表現するのがいいのかまだわからないけれども。この素朴な世界と主体に対する態度の話も織り込もう。

 

『人間の生命の四季について』

Horstmanshoff, H. F. J., and Trent Collection. The Four Seasons of Human Life : Four Anonymous Engravings from the Trent Collection. Nnbggn. Rotterdam
Durham N.C.: Erasmus Pub.;Trent Collection, Duke University, 2002.

17世紀に作製されたと考えられている4枚組の図版。図版のリプロダクション、詳細な説明、拡大したり捲り絵になっている部分をめくることができるCD-Rom がついている。図版は35cm × 45 cm で、それが同サイズで複製されているから、かなり大きな画集のサイズになる。めくり絵の部分は解剖図の原理で、体内にどのような臓器があるのかを見せることができる。季節の変化、植物の変化、天文学占星術、医学的な知識の流れに沿って、二人の男女が最初は若く、成熟して妊娠し、最後には死ぬという流れである。教育的な価値が非常に高いと思いながら、まだ授業で使ったことはない。来年か再来年の一般教養の授業で導入してみよう。

図は春のもの。二人の男女はまだ登場せず、年齢が異なる男の子を3人描いて、年齢差による成熟の違いを見せようとしている図版である。

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戦前日本の優生学と社会調査の論文

戦前日本の精神医学が優生学に対してとった態度は難しいですが、総じて熱烈な歓迎をしなかったというのは事実であったと思います。精神医学というより、生理学をはじめとする医学の他の診療科に属している個人、特に永井潜の活躍が目についています。

しかし、日本の精神医学が何もしなかったわけではありません。一つ、組織的に行われた大きな研究主題が社会調査でした。村や島などの地域を選び、その地域の精神疾患の患者を見つけてインタビューをして診断し、その親族や祖先の精神疾患の状況を調べるという調査です。東大教授の内村祐̪之、三宅鉱一、九大教授の下田光造らの指導的な精神病医、のちに東大教授となった秋元波留夫などが指導・参加している調査が行われました。戦後の関連調査も合計すると20件ほどが行われ、論文が執筆されています。

この調査の論文を読んでまとめた論文を刊行しました。以下のドイツ語の書物に英語で書いております。手に入りにくい書物かと思いますので、興味がある方は、ご連絡ください。PDFをお送りします。

Thomas Müller (Hg.) Zentrum und Peripherie in der Geschichte der Psychiatrie: Regionale, nationale und internationale Perspektiven (2017)  

 

マイモニデス『医学箴言』のアラビア語・英訳の刊行

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中世イスラム圏で活躍した医師でありユダヤ教のラビであったモーゼス・マイモニデス(Moses Maimonides, 1135 or 1138 - 1204) が残した「医学箴言」。主としてガレノスから選ばれて、医学の主題ごとに配列されている。このテキストのアラビア語原典と英語の対訳がついに完了したとのこと。訳者はヘリット・ホス先生。ポスドクの頃は、アヴァンギャルドな黄色いスラックスに赤い靴を合わせたパンク風のファッションが似合う古典学者でした。マイモニデスの仕事の多くが翻訳刊行されていて、買いそろえてみたい誘惑にかられますね。少なくとも、医学箴言は買おうかしら。ガレノス自身の著作としては残っていないものからも箴言が取られているとのこと。

 

 

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