天然痘の歴史の国際プロジェクト

International Smallpox Project | H-Sci-Med-Tech | H-Net

 

フィラデルフィアの医学史研究の拠点であるミュター博物館が主催する、国際天然痘プロジェクトへの参加の呼びかけです。日本の天然痘と種痘の対策は、各地にさまざまなタイプの史料や標本があり、貴重な資源になっています。この研究をリードして、日本国内の資料を学際的に整備して、それを国際的に発信するHistory of Medicine のプロジェクトを始動できる若手から中堅の研究者が待たれています。

 

正倉院展の蜜蝋のこと

 
第69回の正倉院展。今回は地味な正倉院展で、日本史の教科書の図版に出てくるような、話題になるこの一点がなかったのかもしれない。来年はおそらく派手なアイテムがきらぼしのように並び、正倉院展としては第70回、平成も30年で最後の年になるのにふさわしいものになるのだろうか。
 
医学史家としてはとても楽しいアイテムがあった。蜜蝋、当時の云い方でいうと蝋蜜である(漢字の不正確さはゆるしてください)。これは、今年の目玉アイテムである羊木ろうけちの屏風、熊鷹ろうけちの屏風の関連で出た薬品である。はじめて出陳されたアイテムである。この屏風は、布の一部に蜜蝋を塗って、それを利用して模様を描く手法であるとのこと。その関係で塗る蜜蝋が展示されていた。手のひら前後の大きさで、厚さは1-2センチはある円盤状の蜜蝋が45点ほどだから、かなりの量である。トウヨウミツバチの巣をとかして圧搾してつくるとのこと。
 
大切なことは、この蜜蝋は薬物であったことである。中国の古代の医書にも現れるし、正倉院でも「種々薬帳」に記載されている。古代から初期近代までの医学において、薬と食品はわりと連続しているし、薬を工芸の目的に使うことには違和感がない。ただ、カタログで説明されていた話は工芸が中心で、薬としての利用についてよくわかる説明がされていなかった。また、20の円盤の中央に穴をあけてつないで一つの連にするという発想や、円盤と方形の蜜蝋があることなども、薬の移動や取引の仕方に何か洞察を与えると思うけれども、それについても説明されていなかった。このあたりの薬の取引と利用の話、医学史の研究者として私が苦手にしている領域なので、どなたか、説明できる方がいれば。
 
正倉院の時代はもちろん華やかな時代だが、国民は日本史のうえでも有数の新規の疾病に痛めつけられていた時代でもあった。東大寺の大仏も国分寺の建設も、「天平天然痘」と呼んでいる、日本で最初の確言できる天然痘から国家と人々を守ることが大きな影響を持っている。そこで出てきた薬と工芸の話は、新しい話がでてくる可能性が感じられた。
 
余分な話を。東大寺の荘園で「糞置村」の地図が展示されていた。これは越後の国に「糞置荘」として実在するとのこと。2006年の新聞記事に少し詳しい記事があった。
 

アメリカでは平均寿命の短縮が始まったのだろうか。

www.nytimes.com

 

知るのが遅れたけれども、これは今から1年ほど前の2016年のニュース。2016年にアメリカの平均寿命が前年より0.1年短くなったとのこと。これまで1993年にHIV/AIDSの死亡率がピークに達した時に平均寿命が短くなったことがあるが、今回の短縮は原因が分からないとのこと。そして、もう一年の短縮が継続すると、文明が新しい段階に入ったことを意味するとのこと。2017年のデータもそろそろ上がっているのだろう。イギリスの雑誌でスティグリッツがアメリカでは平均寿命が短くなっていると言っているのは、アメリカにとっての文明の新段階が始まったということだろうか。もともとアメリカの平均寿命は、かなりの期間にわたって停滞をしていた。

 

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日本の鳥の巣図鑑

オーストラリアガマグチヨタカ - Wikipedia

 

鈴木, まもる. 日本の鳥の巣図鑑全259. 偕成社, 2011.

野鳥の会の会員誌で知った鳥の巣の愛好家の本。子供向けだけれども、きちんとした図鑑風の本である。イラストはもちろんしっかりしているし、おそらく実際に見て描かれたものばかりだと思う。鳥の巣の分類、鳥のサイズや卵やヒナの描写、面白いエピソードなども楽しい。確かに鳥の巣の吸引力がかなりアップした。野鳥の会が鳥の巣の情報をなるべく会員に知らせないようにしているのもよくわかる。

托卵のページが面白かった。ホトトギスカッコウなどの、他の鳥の巣に卵を産む鳥の話である。托卵する鳥は仮親の鳥を騙すという大目的があり、卵の色や形がやはり似ている。ホトトギスの深い茶色の卵、ツツドリの薄い茶色の卵、カッコウの黄色味がある地に模様が入っている卵、そしてジュウイチの緑の卵など、驚くほど仮親の鳥の卵に似ている。

もう一つ、巣を作らない鳥の話。ほとんどの鳥は立派な巣を作る。コチドリなどは河原に産みっぱなしのように見えるけれども、石で周りを囲むなどの小技は使っている。しかし、ヨタカは違う。地面に産みっぱなしであり、そこで卵を抱いて温める。これは、何もしないようだが、そうではないという。ヨタカは地面に似ており、雛も地面に似ている。だから地面にそのまま産むのが周りの景色に溶け込んでいいとのこと。何もしないように見えても、立派な子育てであるという。また、オーストラリアのオーストラリアガマグチヨタカは、親もヒナも木の枝にすごく似ていて、同じように巣を作らないとのこと。

中西恭子先生にレクチャー・コンサート「精神医療と音楽療法の歴史」(松沢病院)についての記事を頂きました。

bit.ly

 

9月16日に松沢病院で開催されました、精神医学と音楽療法の歴史のレクチャー・コンサートについての記事を頂くことができました。著者は宗教学宗教史学研究者の中西恭子先生です。学者でありまた詩人でもある中西先生に、前半の近代日本の精神医療と音楽療法の講演とコンサート、後半の初期近代イタリアとイングランドの音楽における狂気の講演とコンサートにわかれたイベントについて書いていただきました。講演と演奏の魅力を伝えてくれる素晴らしい記事です。ぜひご一読ください。

 

 

ピルについて―その2 古典的な説明のラジオ版

www.bbc.co.uk

 

昨日はたまたま一般誌の記事から拾ってピルについて書いた。その話を少し入れようかと思っていた避妊の歴史を話す授業は、早慶戦の月曜延長で休講になったので来週になり、何かいい話はないかと思って少し探したら、BBCの「近現代経済を作った50の事象」のラジオ番組のシリーズの「ピル」を取り上げた番組が、私たちがする古典的なピル賛成派の記事をとてもうまくまとめていた。
 
この「50の事象」は全体としては経済史の番組である。私は経済学部に所属していて、経済史の雑誌に論文を書いたりしているので、時々経済史を教えていると誤解されるが、それは正しくない。私は専門は医学史で、一般教養の歴史を教えている。だから経済史はもちろんわからないのだけれども、経済史のキレがいいパチンとした洞察は好きで、この番組も時々聴いて感心していたことがある。学術的な書籍や論文も引用されていて、いつでも専門的な論文を参照できて便利だから、もっと使われていい。
 
ピルの説明は、経済史からみてピルを賛美するものであり、基本的には、昨日書いた、私を含めた医学史家がしている説明を、経済史の立場で発展させたものである。ポイントは、ピルを服用していると、コンドームよりもはるかに単純で個人的であり、また失敗して妊娠するケースが非常に少ないことである。女性解放の流れにも乗って、女性が10代後半から20代にかけて何を学ぶかが変わってくる。法学、医学、歯科学、MBAといった「とっても男性的な学問」を長期にわたって学ぶようになり、その系列の専門職にばんばんつくようになる。それによって、女性が長期にわたって高等教育を受け、それが社会の専門技能に反映されるという近現代の経済のプラスに働くという説明である。
 
この番組がそれと対比しているのが、日本である。「世界で最も科学技術が進んだ国で、欧米の女性のように日本の女性がピルを購入できるようになったのが、アメリカの39年後であった。男性用のバイアグラが認可されたのはわずか数か月後だったのに」という洞察は、自国のことではあるが、経済史ならではのキレを持っていて素晴らしい。
 
これはこれで非常にいい話なのだけれども、私が探しているのは、この後にやってきた、欧米の女性によるピルへの反動と批判の運動である。でも、この記事は保存して、この記事が引用している文献も読んでおこう。

ピルという新しい問題ー欧米における避妊の転機

www.sweeteningthepill.com

 

日曜の朝にVogue UK 版をのんびり読んでいて、少し気になった記事があったから読んでみた。予想したよりも大きな内容で、学者として、それから教育者として、まじめに考えなければならない主題である。内容は女性が避妊のために服用するホルモン剤、いわゆる「ピル」である。20世紀後半の避妊を教えるときに、日本の避妊と出生のコントロールは、優生保護法の堕胎手術とコンドームを使うという男性の協力に依存してきたのに対し、ヨーロッパの避妊は1970年前後に入手できるようになったピルに依存してきたという教え方を私はしている。欧米のピルが、当時の女性解放と女性の自立の思想とも共鳴したものであり、女性の自己決定であることも強調してきた。日本の方法が特別悪い解決だとは教えていないけれども、国家の政策と家族主義の産物であることには必ず言及している。欧米の女性の自立的な避妊と日本の国家と家族の産物としての避妊。この対比の支えになっているのが欧米でのピルの利用であった。

しかし、このピルが欧米で多くの女性が疑問に付し、これを再検討しているという。そもそも、10代から継続的に服用し、排卵がなくなるほど身体に介入する薬が、副作用がないわけがない。その部分は頭ではわかっていた。近年の研究が明らかにしているのは、大規模の研究が明らかにしている精神疾患への本格的な影響である。デンマークが100万人の女性を10年以上も追跡した調査によると、うつ病にはっきりとした影響を与えるという。10代の女性でいうと、ピルを服用している女性と服用していない女性のうつ病を較べると、前者は後者の約2倍である。そのために、女性たちがピルから離れて、別の方法を探している最中であるとのこと。コンドームの利用もわりと有力な候補の一つだという。1990年代のHIV/AIDS の流行のときに、コンドームが立派な道具として欧米でも市民権を得たことも関係あるのだろうか。

実は、欧米のピルと日本の堕胎とコンドームの対比は、結構気に入っていた説明だったのだけれども、現在のピルを安定して使っている状況が変われば、新しい研究書も出るだろうし、それを読んでこちらの説明も変えなければならない。

サイトは、その記事で引用されていたサイト。本も出していて、重要な本だとは言われているけれども、誤字や文法の間違いも多いとのこと。いい本が出るまで待とう。もし知っていたら教えてください。