『「明治150年」で考えるー近代移行期の社会と空間』を頂きました!

『「明治150年」で考えるー近代移行期の社会と空間』(山川出版社、2018) を頂きました。書物の帯は、「明治維新期の意味を、社会史の深みから、ふつうの人々の視座から、捉えなおす」と語っている、とても優れた傑作のようです。イェール大学のボルツマン先生が英語で書かれた「150年の記憶と維新」のような序文があり、以下、森林と村落、海辺の近代化、身分の取り締まり、乞食の救済、性の売買、地域の医療、国家の形成、都市と樹木、明治維新の記憶の問題、アメリカでの研究などの社会史論文が並んでいます。森林と村落は松沢先生、地域の医療は廣川先生が書かれていて、読ませていただくのが楽しみです。ありがとうございます!

 

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『「明治150年」で考えるー近代移行期の社会と空間』を頂きました!

 

マンガ版アンネ・フランクとうつ病の民間療法

Frank, Anne. Adaptedby Ari Folman.  Illustrated b David Polonsky. (2018). Anne Frank's Diary: The Graphic Adaptation. New York, Pantheon Books.
 
アンネ・フランクの日記の英語マンガ版を読み返してみた。『アンネの日記』は少年時代に読み、そこそこ感動したが、それからあまり接しない日々が続いていた。アンネ自身の記述と少し違うだとか、アンネの死後に父親が刊行するときにテキスト操作があったというようような話もあって、情熱が下がったということもあるのかもしれない。
 
今回読み直してみて、とてもいいことが分かった。マンガ版なので、昔読んだ日記とは違うことは当たり前だけど、日記があらわす清純な美少女のアンネとは、かなり違う。いらだちが多く、家族や親族とは衝突が多く、色々と面白い。
 
医学史家として一番正直なことを書くと、アンネがうつ病にかかって、毎日薬を飲んでいたという記述があったことが驚いた。たしかに追い込まれた10代少女の反応として、あって当然である現象である。もともとはオランダ語か何かだろうと思うけれど、英語マンガ版では、このような書かれている。
 
As you [=Diary Miss Kitty] can see, I'm currently in the middle of a depression.  I couldn't really tell you what set it off, but I think it stems from my cowardice, which confronts me at every turn.  I have been taking valerian every day to fight the anxiety and depression.
 
うつ病で、薬はヴァレリアン (valerian).  このヴァレリアンが何かが少し問題である。マンガではアンネ・フランクは錠剤を飲んでいる。今のうつ病に対してパキシルでもなんでもいいから錠剤を飲むという感じである。しかし、ヴァレリアンそのものは、中世のチョーサーが初出の、ヨーロッパの中で有名な薬草である。不眠症や精神不安に現在でも使っていい薬草である。この日本名はセイヨウカノコソウ。日本にはカノコソウがあり、根と球根は吉草根(きっそうこん)または纈草根(けっそうこん)という生薬になり、日本薬局方に収録されておりヒステリーなどに対する鎮静作用、睡眠の改善作用、リラックス効果があるという。
 
日本のことはここではいいことにする。問題は、アンネが呑んだこの薬は瓶入りの錠剤だったのか、それとも薬草風だったのか。どうでもいいことだけれども、ちょっと調べてみます(笑)
 
c1386   Chaucer Canon's Yeoman's Prol. & Tale 800   And herbes couthe I telle eek many oon, As egrimoigne, valirian, and lunarie.
c1400   Lanfranc's Cirurg. 269   Poudre maad of þe rotis of valarian temperid wiþ wijn.
a1425   Edward, Duke of York Master of Game (Digby) xii   An herbe..þat men calleth..in oure langage valeryane, þe whiche maketh men fnese.
1530   J. Palsgrave Lesclarcissement 284/1   Valeryan an herbe.
1578   H. Lyte tr. R. Dodoens Niewe Herball 339   There be two sortes of Valerian, the garden and wilde.
1597   J. Gerard Herball ii. 918   Generally, the Valerians are called by one name.
1612   M. Drayton Poly-olbion xiii. 218   Valerian then he crops, and purposely doth stampe, T' apply vnto the place that's haled with the Crampe.
1664   J. Evelyn Kalendarium Hortense 67 in Sylva   May..Flowers in Prime... Tulips..Valerian, Veronica.
1764   Philos. Trans. 1763 (Royal Soc.) 53 199   The roots of Valerian are esteemed most medicinal, which are dug up in Oxfordshire and Glocestershire.
1782   J. Scott Poet. Wks. 100   Gay loosestrife there and pale valerian spring.
1823   C. Lamb Praise of Chimney-sweepers in Elia 252   No less pleased than those domestic animals—cats—when they purr over a new-found sprig of valerian.
1866   J. Lindley & T. Moore Treasury Bot. II. 1201/1   Two Valerians are natives of this country.
1882   Garden 25 Mar. 204/2   Any one requiring a useful plant for some semi-wild garden ought to give the Valerian a trial.
 

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アンネ・フランク Wikipedia より

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セイヨウカノコ

欲望と『グロテスク』とプリンツホルンの挿絵

グロテスク. "錯覚で描いた狂人の傑作展覧会." グロテスク, vol. 4, no. 1, 1931.

Prinzhorn, Hans. Artistry of the Mentally Ill : A Contribution to the Psychology and Psychopathology of Configuration. [2nd ed] edition, Springer-Verlag, 1995.

『グロテスク』の4巻1号は、その冒頭に「錯覚で描いた狂人の傑作展覧会」と題して、9枚の挿絵がはさまれている。この挿絵はすべてハンス・プリンツホルンの書物の挿絵からとられたものである。もともとの著作はドイツ語で、1922年に刊行された Bildnerei der Geisteskranken. Ein Beitrag zur Psychologie und Psychopatologie der Gestaltung である。CiNii で調べたら、日本の大学には15冊を超えた本が所蔵されている。医学部や文学部である。私が持っているのは英訳だけで、最初は1972年に刊行されて、1995年に再刊されたものである。持っていないが翻訳もされている。

そこに9枚の挿絵がすべて使われている。それぞれの挿絵については、その絵と患者の様子の関係をプリンツホルンが説明しているが、それも訳されて説明となっている。かなりの部分がプリンツホルンの挿絵である。まあ、これを剽窃と言えばもちろんそうなる。私は剽窃学者ではないから、これが理念型かどうかは別にしておく(笑)

面白いのは、1931年の段階で『グロテスク』はプリンツホルンが選んだ挿絵を復刻していることである。モダニズム全体の考え方の影響と言ってよい。もう一つが、まだ確かめていないが、梅原かその周りの人物が書いているだろう、全体へのメッセージである。

「凡ゆる芸術作品には欲が伴う。だが、気違いの作品にはそれがない。欲を離れた錯覚オン・パレード。これこそ、ほんとうの芸術だ」

この欲に関して何かを論じることは、梅原に多いことであるし、「オン・パレード」というのはプリンツホルンがそのまま使っている言葉ではないだろう。1920年代から30年代にかけての欲望の問題を少し憶えておく。

ハイゼルベルク大学にはプリンツホルンのコレクションがある。あまり知られていないが、日本の患者が送ってきたイラストがある。手元で描いたという感じがあるが、どなたか、どこの誰がどのように送ったということがもうわかっているかしら。調べてくださいな。

 

1929年の『グロテスク』座談での強精剤一覧

徳永、保、高田、義一郎、酒井、潔、梅原、北明. "強精剤の座談会." グロテスク, vol. 2, no. 1, 1929, p. 188-207.

『グロテスク』での強精剤について4人で行った座談会。北原は文化人、徳永保と高田義一郎は医師、酒井潔はよくわからないがアラビアのことなどをよく知っている。座談の主人公は北原で、これまで200種類ほどの強精剤を保ったという。強精剤と五感・六感の感覚の融合の価値も論じている。これが売春の脈絡で起きたことも頻繁にある。特に興味深いというか、ううむという箇所は、性交して売春婦から梅毒の罹患を避けることができるような薬は何かという議論である。コンドームを装着して快感が減少する代わりに男性を梅毒から守るという方法ではなく、薬を使うことで、男性の快感はそのままで梅毒感染を防ぐことができるという議論である。これは私は個人的に批判的な感情を持つが、女性の避妊薬であったピルを考えると、どちらもある意味で快感はキープするが、望まない身体現象は避けることができるという枠組みでもある。

これから少し個々の薬について調べるので、80種類近い強精剤の一覧を作っておいた。

 

月経

犬の骨灰
肉桂
蟾酥
明礬
樟脳
烏賊の甲
山椒
ガマ
六神丸
麝香
麝香猫
蛇黒焼
蝮黒焼
洋酒
いもり
偕老同穴
雨蛙
蝙蝠黒焼
狼の脳味噌
黒猫の血
冬虫夏草

カンタリス
アヘン
コカイン
ストリキニーネ
ユベニン
ヨヒンビン
硝酸あぼ・モルヒネ
ローム
カンフル
アトロピン
レマチン
鶏の足の黒焼
られん香
伽羅
木香
木犀
金木犀
丁子
イチジクの汁
ひごずいき
りんの玉
長命丸
仁丹
ゼンパツ剤
女悦丸
紅毛龍丸
寸陰香
緑鶯香
妙異丹
始皇ドウジョー丸
喜契紙
ヒッポマネス
鹿のペニス黒焼
鹿茸
水原
アンジアナ
硫酸アトロピン
ダミアナ
トッカピン
キング・オブ・キングズ
ユベニン
ムイラチン

セモリ (ここ以降は梅毒予防剤)
稀塩酸
酢酸
トーラム
ブロタルゴール
シクロ
トラカガント
青酸膏
トルアミン膏
ベトパスター

研究倫理指針に基づく公告文 / Patient Notification

math-history.com

 

科研共同研究(基盤研究(A))として、三つの疾患MATH(精神疾患結核ハンセン病)について、医学とのかかわりも視野に入れつつ人文社会科学の視点から研究します。この基礎になる史料が病院の資料です。このため、文部科学省厚生労働省「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に基づいて必要とされる公告文を、「国府陸軍病院」と「小峰・王子脳病院」の二つの精神病院について掲載しています。最短でいうと、70年ほど前の医療関係者や患者・患者家族の経験を分析するための史料になります。

本研究の対象となる当事者及びそのご遺族だと思われる方で、研究対象となることを望まれない場合は、各研究の問い合わせ窓口へご連絡ください。当事者であることが確認され次第、直ちに研究対象から除外させて頂きます。研究に協力されない場合でも不利益な扱いを受けることは一切ございません。また、本研究により得られた個人情報は本研究の目的以外では使用せず、研究成果の発表を行う際には個人が特定されないよう配慮いたします。

この設定は、学振PDで慶應ポスドクである後藤基行君、同じく学振PDで慶應ポスドクである中村江里さん、そして学習院の大学院生で慶應研究員でもある清水ふさ子さんの努力によって作られました。ありがとうございます!

人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に則る情報公開

  • 国府陸軍病院(1937-45)に入院されていた当事者、ご遺族の方向け
  • 小峰・王子脳病院(1900-45)に入院されていた当事者、ご遺族の方向け
    • 20世紀前半期における私立精神病院の診療録を利用した重層的な精神医療の機能に関する研究 [PDFファイルをDLする]

エコノミストから今年の本を二冊

土曜日のエスプレッソは、今年の本をいくつかのジャンルから選んだもので、名前を聞いたものや買って読んだものもあった。これを12月に読んでおこうと思って選んだ二冊が、わりと正反対の立場のものである。一つが現在の状況を肯定するもの、もう一つがたぶん否定するものである。一つは現在でもこのように良くなっているという証拠を集めたもの、もう一つは、血液に関して世界各地で起きているねじれた話を9つというものである。

 

Pinker, Steven. Enlightenment Now : The Case for Reason, Science, Humanism and Progress. Allen Lane, 2018.

George, Rose. Nine Pints: A Journey through the Money, Medicine and Mysteries of Blood. Portobello Books Ltd, 2018.

20世紀前半の日本での麻薬の売り方について

梅原, 北明. "阿片考." グロテスク, vol. 2, no. 1, 4, 1929, pp. 19-38, 140-173.

高田, 義一郎. "東西毒薬奇談." グロテスク, vol. 2, no. 7, 8, 1929, pp. 139-144, 142-147.

 

薬の歴史に関して少しリサーチをしている。まったくの偶然で『グロテスク』という薬とは無関係で取り寄せた復刻雑誌に、薬に関する論文があるのに気づいて、その記述を読んでいる。どれもなかなか面白く、このペースで進めば数か月後に論文を書けそうだという気になる。

麻薬と外国の問題は近代日本にとって非常に重要であった。中国のアヘン戦争が日本にとって象徴するように、外国から日本に麻薬が流れ込むことは、日本政府が非常に重視していた。しかし、中国だけではなく、他の国からアヘンの習慣を持ち帰る人物もいた。アヘン以外にも麻薬は存在する。日本国内の麻薬効果を持つ植物を運んで売り買いする業者もいた。医学史にとって重要なことは、医療の現場でさまざまな形で薬を用いており、その中にはドイツから輸入したり、日本で生産した薬もあった。

 

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1905年2月14日朝日新聞より、ドクセリ販売取り締まりの記事

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1920年6月27日朝日新聞より、鎌倉で中国人が営んだアヘン吸引所の記事

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1927年7月9日朝日新聞より、アメリカ留学しアヘンやコカインの常用者となった人物の心中記事。