医学の黄金時代とその終わり

未読山の中から、アメリカ医学の黄金時代とその終焉を論じた短い論文を読む。文献は、Burnham, John C., “American Medicine’s Golden Age: What Happened to It?”, Science, 215(1982), 1474-1479.

「アメリカにおいては20世紀の中葉が医学の黄金時代であり、70年代以降はその黄金時代は終わっている。」と筆者は言う。たぶんこれは正しいというか、事態のある面を的確に捉えている。1930年代から50年代にかけて、アメリカの医者は最高裁の判事と同じくらい尊敬されており、ハリウッド映画は正義漢の医者を次々と登場させていたが、70年代には人々は医学や医者を不信の目で見るようになるという。そのあたりのメカニズムを分析している。感染症を制圧して疾病構造が短期間に劇的に変化した後に扱わなければならない疾病プロファイルの変化に対応できなかったこと、同時期に発達した病院という巨大な機構が、パーソナルなケアに価値観をおいてきた医者と患者の双方がうまく適合しなかったこと、患者の側の消費者としての洗練、それから心理学的な説明モデルの興隆などが触れられている。

とても面白い議論だけれども、たぶん本質的な問題に向き合っていない。それは、現代と1950年代を比べたときに、ありとあらゆる指標は改善しているにもかかわらず、いったい何をさして医学の黄金時代が終わったのかと考えるのかという問題である。あるいは、医学の黄金時代には何が黄金時代だったのかという問題である。1950年代と現代を比べると、人が医者にかかる頻度は上がり、人や社会が医者に払う医療費は上昇の一途をたどり、平均寿命は延び、医者が病気を治すことができる率はどんどん高くなっている。医療は経済規模として巨大な成長を遂げ、医者の技術的な水準はほぼ間違いなく上がっている。それにもかかわらず、筆者たちは、何をさして「黄金時代は終わった」という判断をしているのだろうか? 

この判断は、たぶん事態のある面を的確に捉えている。医者が特別不信の目で見られる時代になったとか、医者が魅力がない職業だと思われる時代になったとかいうわけではない。移民の子弟などが社会的に上昇するはしごとして、医学はいまでも人気がある。黄金時代にあった「何か特別なもの」が失われたのである。その「何か特別なもの」とはなんなのか、私にはよく分からない。そして、それを失ったことは医学と医療にとって、本当に不幸なことなのかどうかも、実はよく分からない。分からないことばかりで、申し訳ないのですが・・・(笑)