お金が医療を支配する

必要があって、「20世紀の後半の医療では、お金が医者の心を支配している」というトーンの論文を読む。Churchill, Larry R., “The Hegemony of Money: Commercialization and Professionalism in American Medicine”, Quarterly of Healthcare Ethics, 16(2007), 407-414.

現代医療が金に支配されているという話になると、人はすぐにビッグファーマやビッグビジネスの話にするが、この論文では、かつての医療が持っていた「サーヴィス」の精神が、有効な生産の精神へと移行して、その結果、医者たちの自己理解が変わることが最も重要であると言っている。社会の商品化にともない、人々のアイデンティティが、何らかの商品やサーヴィスを消費することにシフトし、その消費においては選択の自由が至高の原理になると、医者に行くこともその一環となる。そこにあるのは、comparison shopping であり、選択の多様性を尊ぶ力である。その中で仕事をすると、かつての自己理解ではやっていけなくなり、市場経済の中でアイデンティティを確立するような方向に変わらねばならない。

アメリカの医療を悪く言う人が多いけれども、医療の社会的・文化的な側面について読むに値する文章を書く能力は、少なくとも日本の医者たちよりは圧倒的に高い。このエッセイは、もちろんちゃんとしたリサーチなどしていないし、落とし所としては、実に単純で素朴な道徳的な警鐘なのかもしれないけれども、市場経済については多くの教養書を読んでまとめているし、医者の自己理解という面白い問題に光を当てている議論だと思う。