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『ノア・ノア』より、「女性は暴力的な性的征服を求めている」という概念について

ポール・ゴーガン『ノア・ノア』前川堅市訳(東京:岩波書店、1932, 1960)

必要があってゴーガン『ノア・ノア』をチェックする。ゴーガンは20世紀の文化に大きな影響を与えた画家である。広義の印象派から出発したが、後年にタヒチに移住してそこで描いたタヒチの女性たちの絵画は、19世紀までのヨーロッパの文明に対するアンチテーゼの中でも成功したものの一つであり、20世紀の芸術と文化に大きな影響を与えた。ゴーガンは1848年にパリで毛並みがよい中産階級に生まれている。父親は共和派の新聞の主筆、母方の祖母はフェミニストで社会評論で著名なフローラ・トリスタンである。少年時代は南米のペルーに移住したあと、株式仲買人となって、ブルジョワジーの人生経路を順調に歩き始める。しかし、当時のフランスとヨーロッパの文明に対する不信から、フランスの太平洋の植民地であったマルティニク諸島への旅行と滞在、19世紀の文明からの離脱を求めてブルターニュで活躍を始めた芸術家たちの「ポン・タパン派」への参加、そしてマラルメらの前衛的な芸術家たちとの交流、ついでにいうとゴッホとの短い共同生活などを経て、ついに1891年に同じフランス領ポリネシアタヒチ島に移住する。それから1903年に没するまで、40代から50代のゴーガンは、タヒチ、パリ、そしてマルティニク諸島などを比較的短期間で移住しながら暮らす。『ノア・ノア』は、最初のタヒチ滞在についての経験に基づいており、タヒチの光景と女たちについて生き生きとした臨場感がある記述になっているが、実際に書かれたのは1900年頃のパリである。タヒチのパリの双方が必要であった。

 

ゴーガンの記述の中心は、ヨーロッパ文明の批判と、タヒチの女性の魅力である。タヒチの女王について、その身体は太平洋から島が浮かび上がり、植物が花開いたときのようだという。タヒチの女たちは動物性と植物性のまじりあった香りをさせ、前者は彼女らの血の香りと、後者は髪に挿している「くちなし」(これは英語でも gardenia だった)の香りである。このクチナシの花の香りについて言われる言葉が、今が一番香りが高い、noa noa である。

 

ゴーガンはヨーロッパの文明と対照的な自然を求める。当初はフランスの植民地支配の拠点であるパピエテという街に住んでいたが、すぐにそこを離れることを希望するようになるが、それも女を契機にしている。まず知り合った女性で、愛人と考えられるイギリス人との混血女性を捨てて田舎に行くと、自分の求めている人間を見つけられるだろうと思う。王女さまとの際どい時間の記述の後で、ゴーガンはタヒチの中でさらに奥地に向かう。そのとき、彼の心にはどのような風景が期待されていたか、彼自身の言葉を引用するのが一番いいだろう。

 

「 [タヒチの女たち]は、みな捉えられたがっているのだ。マオリー風に、一言もいわずに野蛮的に捉えられたがっているのだ。彼女たちは、すべてみな、ある程度まで、犯されたい欲望を持っているのだ」(26-27)

 

 

英語のテキストはこちら 

http://www.sacred-texts.com/pac/noa/noa01.htm