戦時看護と第一次大戦中の旧ルーマニア女王の病院訪問の動画

www.historytoday.com

 

History Today の記事のメールでのお知らせが来た。その中の一つの記事で、旧ルーマニア女王であるマリー女王が第一次大戦中の兵士が収容された病院を訪問した動画がアップされている。マリー女王はヴィクトリア女王の孫娘にあたり、イギリスで育てられ、当時の王侯貴族や富裕層の人々が持つ国際色があった。マリー女王の写真を見ると、そういわれてみると(笑)、ヴィクトリア女王の若く美しい頃に少し似ているのかもしれない。この女王が持っていた特徴は国内的にも面白い意味があり、ルーマニアの首相であった Ion Brătianu は民族主義的なトーンを持ち、ロシアやオスマン帝国から独立する気概を持っていた。

マリー女王の動画などが幾つか残っている。サイトで公開されているのは、病院を訪問して、負傷した兵士(軽い負傷に限定されているようである)と話して、花を渡し、握手をする動画である。マリー女王は看護師の衣装のようなものを着けていて、これは、病院が持つ宗教的な起源によるものだろう。この時期には戦時の看護が非常に大きな意味を持っていた。多くの王侯貴族が、戦争で負傷した兵士の病院収容を訪問する習慣が急速に形成されていた。日本でも画像で見るとこのような習慣が形成されているし、動画も作られているだろう。この部分の国際比較を読むと類似性と違いが分かる。

f:id:akihitosuzuki:20181101130018j:plain

渋沢栄一と勘当の話

渋沢栄一 (1840-1931) をご存知の方が多いと思う。私はいま本を書いている東京の精神病院の近くに住んでいた人物である。渋沢は時々その精神病院と関係を持つこともあるから、基礎的な文献である岩波文庫の『雨夜譚』を読んでみた。残念ながら精神病院そのもののことは書いてなかった。『雨夜譚』は幕末から明治維新の後までの自伝であり、私の精神病院の時期は実際には1920年近辺からだからである。
 
しかし、精神病院の利用と深く関係がある、世帯における勘当という概念について面白い記述があった。話としては、一事を起こそうとした渋沢が父親に勘当されることを望み、息子と父親の合意のもとに勘当されるという筋である。
 
彼は農民であったが、倒幕の志士となる。そこで攘夷の志士ともなり、横浜を焼き打ちにして外国人を皆殺しにする暴挙を起こそうとする(笑)その前に、自分の家を出ようとして父親に勘当してもらう場面である。彼は、天下がついに乱れ、農民だから何もしないという安居にはならない。乱世に処する覚悟を持っているという。それに対して父親は、その考えには同意するが、しかしそれは分限を超えて非望な企てをすることになる。それは農民としての身分をわきまえていないという議論である。息子と父親の議論の中で、お互いに孔子孟子を引用されたりするが、結局合意のもと勘当のようなことをする。
 
だからどうしたと笑われそうだけれども、これは面白い行為である。合意のもとで勘当が成立していくことと精神病院に入れること、どこか似ていないだろうか。親に監禁され、これはこれでそうだなと納得する勝小吉と似ていないだろうか。大学の「勘当」に関する本を数冊読んでみよう。ちょっと軽く調べてみます。
 
 

敗戦直後の迷信の実態と国家の迷信という問題

迷信調査協議会, et al. (1949). 迷信の実態, 技報堂.
 
子宮頸がんとワクチンとの関係で女性の迷信の集団発生に関して調べている。敗戦の直後に文部省が日本全国の各地において迷信がどう信じられているかを組織的に調査し、その結果を発表したもの。1946年に調査が企画され、1949年に刊行されている。天文や妖怪やおみくじなどに関する面白い話もたくさんあるが、まずは医学と迷信と民間薬物療法に関する二つの章を読み、いずれも非常に面白かった。
 
医学と迷信に関して二つの重要な話。一つが、病気の折に迷信に従うのか、神様や仏様にお願いしたりおまじないをして、医者にかかったり薬を飲んだりはしないのかという質問である。全国の数字でいうと5857人に回答してもらった結果である。これを肯定して神様などだけだというのが2割、医者だけだと答えるのが8割と答えたという結果になる。医者派は、都市では85%、農村漁村では80%くらい。大学卒の親だと92%、学歴なしだと75%という多少の違いがある。ただ、文部省の質問自体がどの程度の厳しさを要求するのかということもよくわからないし、これは子供を通じて家に配ったという過程があるので、どの程度厳密に考えられるのかはわからない。確実なのは、日本全国で医者や薬が優勢であったということである。医者や薬の多くは、神様や仏様やおまじないに根拠を持つとされたことも事実である。
 
もう一つが憑き物の話である。結果に関してもアプローチの方法論に関してもとても面白い。医師の笠松章が書いた文章である。まず結果に関しては、憑き物はかなり強い。お化け、幽霊、悪魔に関しては、否定派がもちろん多い。都市が強く、大学卒が強いというパターンで、8割から9割以上がお化けを否定し、幽霊も7割から8割が否定している。しかし、憑き物については、否定派が全体で5割である。もちろん都市の近代性は強いが、それでも否定派6割であり、農村漁村では否定派は4割前後である。憑き物が現実性を強く持っている社会である。
 
アプローチに関しても面白い。笠松の文章によれば、これは精神病の患者が狐に憑かれる妄想を個人として持つことと、社会として狐に憑かれたと信じてお祓いを行うことは、社会心理学の考えを導入すればうまく説明ができる。妄想は個人的な現象で、迷信は超個人的で社会的な現象である。狐が憑くのだとともに信じる共同体が機能して治そうとすると迷信になり、それは疾病となった個人の問題であると考えると妄想となる。家族や村が迷信を保つ例が多いし、アジア・太平洋戦争の期間に多くの人々が持った「必勝への信念」は、その共同体が国家となった事例であるという。
 

近現代東アジアにおけるジェンダーと健康の歴史

Liang, Q. and I. Nakayama (2017). Gender, health, and history in modern East Asia, Hong Kong University Press.

f:id:akihitosuzuki:20181105085444j:plain

 

梁先生と中山先生にいただいた東アジアにおけるジェンダーと健康の歴史の論文集。日本の近現代のヒステリーについての論文を書く上で取り出し、ふとお礼を申し上げるのがすっかり遅れてしまったことに気が付きました。梁先生と中山先生をはじめ、バーンズ先生、Lee 先生、DiMoia 先生などの論文が掲載されています!ぜひお読みください。

 

18世紀オランダの障害胎児の解剖学標本とそれをビンに保存する液体について

オランダの解剖学者のフレデリッヒ・ルイシュ (Frederik Ruysch, 1638-1731) の標本について学んだ。障碍を持った段階で解剖された標本と、その身体や臓器などをビンに入れて保存する液体や染料についての話である。

ルイシュはハーグで生まれ、ライデンで医学を学び、アムステルダムの外科ギルドでの講師となって人生の残りの60年を過ごす。重視したのが人体や動物の標本に液体などを注射することであった。死亡した直後、あるいは胎児期に障碍のために流産が起きたときに、タルクなどの鉱石、蝋などの油脂、ラベンダーやコショウなどの植物、テレピン油などの精油を注入すると、特定の物質に染色したり、腐敗をせずに保存したりできる。そのテクニックによって、多くの標本や臓器を保存することができた。その標本はルイシュが多数製作して、胎児の骨格、他の臓器、鳥の剥製などが並べられて作られている。ポストモダニズムとポスト精神分析の視点から言うと、夢のようであると同時に、馬鹿げていて不快感を起こさせる。

f:id:akihitosuzuki:20181104180937j:plain

 

しかし、王侯貴族などはこの図版が描く標本などを愛好していて、多くの人々がアムステルダムを訪問した。1717年には、ロシアの皇帝のピョートル大帝は、ルイシュと交渉して1,300 点ほどの保存された標本などを購買した。現在でもセント・ペテルスブルクの博物館にこの標本が保存されているという。(Kunstkamera Museum Ruysch で検索するとすぐに出てくる)この博物館における標本を調査して、液体に浸けられた胎児や人体の部分が次々と出てくるのは、かなりの難しさがある。

話が変わるが、おそらくこの標本を調べて、これはブタの血液、水銀酸化物、そしてベルリン・ブルーという染色剤で作られているという。ベルリン・ブルーはプロッシャン・ブルーとも呼ばれ、北斎の浮世絵で用いられた染色剤として有名である。オランダから輸入して描かれた浮世絵と、ルイシュが秘密に保った標本保存剤が、同じ染色剤を使っているということなのだろうか。

f:id:akihitosuzuki:20181104181451j:plain

 

Roberts, K. B. and J. D. W. Tomlinson. The Fabric of the Body : European Traditions of Anatomical Illustration. Clarendon, 1992. が詳しい。セント・ペテルスブルクの展示に関する論文はこちらで読める。いまから300年ほど前に作成された標本で、実際の人間の身体部が保存されている画像が出てくるので、お気をつけていただきたい。


Boer, Lucas et al. "Frederik Ruysch (1638–1731): Historical Perspective and Contemporary Analysis of His Teratological Legacy." American Journal of Medical Genetics, vol. 173, no. 1, 2017, pp. 16-41, doi:doi:10.1002/ajmg.a.37663.

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ajmg.a.37663

 

閉じ込め症候群の現象学的解釈について

www.theneuroethicsblog.com

何度も日本にいらした医学史家である Fernando Vidal 先生による記事。ピアジェの研究、SF映画における医療の研究、そして近年は LIS の研究をしています。Locked-in Syndrome は「閉じ込め症候群」と訳すようです。医学書院の『医学大辞典』は濱田秀伯先生によるとても読みやすい項目。

上位運動ニューロンの両側障害により、顔面や四肢が麻痺し発語不能な状態。一見、無動無言症に似ているが、本質は意識障害ではなく運動障害で、大脳機能の身体表現が制限され「閉じ込められた」状態のためにこの名がある。睡眠リズムは保たれ、まばたきや垂直方向の眼球運動による意思疎通は可能である。脳幹腹側の広範な病変で生じ、多くは脳底動脈の梗塞、稀に橋出血や腫瘍による。