衛生史の聞き取り

先日知り合いの大学院生にわざわざお願いして送っていただいた論文を読む。

 この10-15年くらいで、日本では大なり小なりフーコーにインスパイアされた身体と衛生の権力論の鳥瞰的な仕事が沢山出たが、それが一段落して、そういった仕事では光を当てられなかった部分に切り込む視角が、若手の研究者たちによって色々な形で模索されているという印象を持っている。私が若手かどうかはさておき、私自身が模索している<疾病のリスクとコントロールの社会=環境史>というのも、その試みの一つだろう。そういった仕事をしている若手たちが、色々な大学や分野で孤立して仕事していて、なかなかうまくコミュニケーションが取れていないという問題もあるが、研究の前線は確実に進んでいる。

 この論文は、衛生の権力論が啓蒙する側の分析であったことを批判的に継承して、啓蒙される側の衛生知識と衛生に関する意識を分析しようとしたものである。そこで「民衆に近い」資料を集めようとして、昭和戦前期の学級日誌へ、そして聞き書きへ、というリサーチの流れになっている。女子高等師範学校の卒業生をインフォーマントにした聞き書きは、どれもヴィヴィッドだ。小学校の回虫駆除の話、家族が結核と診断されたときの緊張感、肺炎の話など。こういった証言を分析する手際の確かさや鮮やかさとなると、歴史研究者はまだまだ医療人類学の研究者に遠く及ばないが、この方向の資料収集はきっと有望なのだろう。貴重な論文を送ってくれてありがとう。

文献は 宝月理恵「昭和前期における日常生活のなかの『衛生』体験 - 女子高等師範卒業生の語りから-」お茶の水大学21世紀COEプログラム「誕生から死までの人間発達科学」平成15年度公募研究成果論文集