相対的不平等と健康

 社会疫学の古典的な論文を読む。

 不平等が健康に与える影響を論じたウィルキンソンの書物は、イチロー・カワチのそれと並んで、よく引用されている。秘書が電子ジャーナルからプリントアウトしてくれた未読論文の山の中に、ウィルキンソンの主張をコンパクトにまとめたBMJ掲載の論文があったので、目を通した。

 ウィルキンソンの議論は良く知られている。うろ覚えだが、所得が高くても地位が低い人間は早死にする、というような俗受けする形で、新聞か何かで紹介されていた記憶もある。もともとは、先進国においては、絶対的な生活水準よりも、相対的な社会格差の方が、健康格差に大きな影響を及ぼすというものである。彼が論拠として出している幾つかの事例を、こういう風にまとめていいのかどうか、なんとなく釈然としないが、彼の本を読んだら丁寧に書いてあってすっきりするのだろう。

 こういった立場から出発して、「不平等」の問題を中心的に取り上げる社会疫学の仕事には時々目を通す。ちょっと紋切り型でプレディクタブルな正義漢という感じを持つこともあるが、面白いと思うことが多い。ただ、私が知りたい問題、つまり健康の歴史についてのヒントを与えてくれる論文にはなかなか出会っていない。今の先進国が、絶対的な水準よりも相対的な格差のほうが「物を言う」レジームだからといって、それは最初からそうだったというわけではないだろう。歴史上のどこかの時点までは、絶対的な格差のほうが重要だったに違いない。(その前には、どちらも大して貢献しないレジームというのがあったかもしれない―近代までのイギリス貴族は、庶民に較べて大して長生きしていない。)いつ両者の重要度は逆転したのだろう?そして、どういうメカニズムでそうなったの?社会疫学者に、時系列の視点があっても良いと思うだけど。どなたか、これを読めば、というお勧めがあったら教えてください。(Harvard の Muppy 君、何か知りません?)

文献はWilkinson, Richard G., “Socioeconomic Determinant of Health: Health Inequalities: Relative or Absolute Material Standards?”, British Medical Journal, No.314(1997), 591.