ペッテンコーファーのコレラ

 ペッテンコーファーについていい本や論文を探しているが、なかなか見つからない。今回も、英語の古本を買ってみたけれども、あまりよくなかった。

 マックス・フォン・ペッテンコーファー (Max von Pettenkofer, 1818-1901)。コッホの説を反駁するためにコレラ菌を自ら飲んで自己実験をしたことが突出して有名である。バヴァリアの宮廷薬剤師だったおじの養子となり、ミュンヘン大学の医学部を卒業後、ギーセンのリービヒについて化学を学ぶ。化学的な分析で、貨幣の鋳造からガス灯の改良、建築用のセメントの改良などで貢献する。ミュンヘン大学に初めての衛生学講座を作る。コレラの病因論の研究が著名だが、彼が構想し実現した衛生学は細菌学よりもずっと範囲が広い。1901年にピストル自殺。

 ペッテンコーファーのコレラの病因論を一言でまとめると「マルチコーザル」である。彼はコレラの病原体の存在は認める。彼がずっとコレラの原因 “X” と呼んできたものでる。コッホがコンマバシラスを発見したときに、ペッテンコーファーは、これこそが自分が求めてきた “X” であると思った。しかし、このXだけではコレラにかからない。それぞれの地域の地中で、Xは “Y” と出会い両者が合体して、”Z” となって人体に入るとはじめて人はコレラに罹る。(考え方が、非常に化学的である。) “Y”の存否は、地下水の水位などによって決まってくるから、降水量や地質などがコレラの流行に大きな役割を果たす。

この理論は、確かにコッホたちの理論に較べて洗練されている。細菌と感染だけではこれまで観察されてきた事実がほとんど説明できないのに、なぜこの単純な説がこんなに受け入れられるのか、という焦りもペッテンコーファーの大げさな「反証」の背後にあったのかもしれない。しかし、ペッテンコーファーの議論を読むと、衛生のスコラ学というか、但し書きの海の中に具体的な政策が埋もれていってしまっている印象を受ける。 この細菌の感染さえ阻止しなさい、という単純さは、人々にとって魅力だったんだろう。 

文献は Hume, Erskine Edgar, Max von Pettenkofer (New York: Paul B. Hoeber, 1927).