昭和戦前期の学術総合誌『東洋学芸雑誌』のDVD復刻が出て、プロモーションされたので買ってみた。つくりは単純で、画像をおさめて著者名とジャンルで検索できるようになっている。全文検索などができればいいんだけれども、まあ、それはないものねだりかもしれない。ついでに、論文を一つ読んで見た。緒方正規「土地と衛生との関係」『東洋学芸雑誌』第3 巻 52号(1886), 353-362.
当時、緒方は東京大学の講師であった。ペッテンコーファー流の衛生学の牙城であり、コッホ派の北里の伝染病研究所と何かにつけて対立していた東大衛生学教室からの、感染症の土地理論。結局、コッホ―北里に敗れたと言われているけれども、そのあたりのところは、もういちど検討してみないといけない。
ヒポクラテス以来、土地と病気の関連は深いことは医学の大きなテーマである。土地はそこで流行する疫病に大きな影響を与える。その秘密は、土地というか土壌というものが、物質の循環と停滞のシステムの一つの重要な要素をなしていたからであるという。地中にあるのは土だけではない。空気があり水がある。(この講演は実演をともなっていて、聴衆にむかって、簡単な実験装置をつかって、土壌の中にどれだけの空気があるかがよって示されたようである。)土壌の中にしみこんだ水と空気の汚れが、疫病の原因になる。空気や水そのものは希釈されやすく、大気汚染や水質汚染は、汚染源の直近はともかく、少し離れると検出できない。しかし、土中にしみこんだ汚れは常に存在し、その土地の衛生と疫病を左右するようになる。パリとマルセイユはコレラに襲われるのにリヨンは大都市なのにコレラに不感性なのはその地質のせいである。ドイツでもザルツブルク、シュトゥットガルト、フランクフルトなどは不感性である。日本でも江の島や伊香保は不感性だし、東京では浅草の芝崎町がそうである。
不潔な土地というのは、汚物や人間の大小便、生活用水などが土地にしみこんだものである。これらは化学的に測定することができる。コレラの流行時には、流行が激しい地域の土壌を化学的に測定することが行われていた。