細菌学・免疫学の概念史

必要があって、初期の細菌学・免疫学の概念史を扱った著作を読む。文献は、Mazumdar, Pauline M.H., Species and Specifity: an Interpretation of the History of Immunology (Cambridge: Cambridge University Press, 1995).

目からうろこが落ちる、というのはこういうことを言うのだろう。ローベルト・コッホの細菌学と違う知的伝統に基づいて細菌・感染・免疫を理解しようとしたドイツの学者たちを研究した書物。これまで一次資料を読みながら、このあたりには私が知らない概念的な<あや>があるのだろうなと漠然と感じて部分が、いくつかくっきりとした姿をとって「問題」として見えてきた。

人の名前でいうと、私も殆ど知らない学者たちばかりが主人公だが、すばらしく明晰に書かれているので、全く苦にならない。アリストテレス-リンネの伝統上にある思考法の中で、「種」の違いと特異性を強調する学者たちとして、フェルディナンド・コーン-ローベルト・コッホ-パウル・エールリヒを考え、一方で自然の連続性を強調する学者たちとして、ネーゲリ (Carl von Naegeli) 、グリューバー (Max Gruber)、ランドシュタイナー (Karl Landsteiner) らの系譜を考えている。(ランドシュタイナーはともかく、ネーゲリとかグリューバーといった学者の名前なんて、恥ずかしながら聞いたこともなかった。)前者の「勝利者」の側の細菌学者たちは、はドイツの公衆衛生や国家機関における細菌と免疫の概念を定義し、病気に特異的な細菌を診断に用い、細菌に特異的なワクチンや血清を大量生産することは当時の医学の主流となった。しかし、ネーゲリやグリューバーは、コッホとその弟子たちや、エールリヒの概念の不完全さを指摘して批判する中で、後にランドシュタイナーの免疫の理論形成に貢献し、細菌とそれに対する生体の反応を特異性のパラダイムから解き放って一般的な生理学の問題として考察する方向を示唆している。

いや~ 「蒙を啓かれる」とは、こういうことを言うのでしょうね。