ハワード『十八世紀ヨーロッパ監獄事情』

 監獄改革の古典を読む。文献はジョン・ハワード『十八世紀ヨーロッパ監獄事情』川北稔・森本真美訳(東京:岩波書店、1994)

 初版が1777年に出たハワードの『監獄事情』は、18世紀末以降の精神病院の改革にも大きな与えた書物だということになっていて、20年ほど前に読んでみたが、あまりぴんとこなかった。今回、翻訳が文庫で出ているのを知り、買って読んでみて、この本は囚人の身体環境を改善することにプライオリティを置いている論者が書いたものであるということに気がついた。そう考えれば、18世紀末の精神病院改革とも大きく絡んでくる。昔読んだときには、ハワードの中に別のものを探していたので、ぴんとこなかったのだろう。 

 今回読んだときには、むしろ流行病の記述に目が行った。「監獄熱」として知られる病気である。日が射さなく、窓もない地下室に代表されるような風通しが悪い空間には、「ミアズマ」が発生する。(この翻訳ではその言葉は使っていないようだけど。)このミアズマが病気の原因になり、ミアズマに当てられた人間には病気が感染する。16世紀の話だが、囚人から感染して裁判官をはじめとして300人が死んだ事件もあったし、イギリスの軍隊は囚人から持ち込まれた監獄熱の感染で大被害を出したといわれる。ハワード自身も視察中に監獄熱ににかかった。監獄を清潔にした結果、状況はだいぶ改善されたという。一言でいって、悪臭がする空気が毒になって人を病気にするというモデルである。「匂い」が感染症と同一視される。スペインのある監獄でハワードは悪臭を感じたので、この監獄では熱病の流行はないかと聞いてみたという。私に日本の伝統医学の話をする資格はないに等しいが、人間の体内で毒が発生するという「漢方」医学の話を読んだことがあって、それと「毒」の生成を理解するメカニズムがとても違うなあと思った。自分の体内が有害なのか、体を包む空気が有害なのかという違いだという問題設定ができるかもしれない。

 ハワードは「パリの監獄の中庭が、パリ中で最も清潔な所である」と書いている。フーコーたちの、近代的な公衆衛生権力は、「捉われた人口 captive population 」から始まったという主張を一言で要約している引用である。 

 一つ言葉遊び、というか謎かけを。 <天使も足を踏み入れぬ監獄をめぐった、ハワードの目的はなんだったのだろうか? 囚人たちに眺めが良い部屋を与えたかったのだろうか?>