同じく新着雑誌から。アメリカではなぜ発疹チフスが流行しなかったという論文を読む。文献はHumphreys, Margaret, “A Stranger to Our Camps: Typhus in Am erican History”, Bulletin of the History of Medicine, 80(2006), 269-290.
どの地域にどの病気があったということは、われわれ医学史研究者や疾病史の研究者はよく知っている。一方で、その地域にどの病気がなかったかということは、なかなか問題にされないので、頭にインプットされていない。この論文は「不在」を説明する高度な歴史的疫学である。さすがは、アメリカ南部のマラリアと黄熱病についての傑作を一冊ずつ書いているハンフリーズである。
19世紀のアメリカでは、発疹チフスが流行する条件は揃っていた。不潔な住居に密集して住んでいる人々。それを媒介するシラミもいた。しかし、ヨーロッパやメキシコから持ち込まれたときでも、流行は小規模で限定的なものにとどまり、大都市や軍隊、監獄などで常在化することはなかった。色々な可能性を検討して、アメリカのシラミは、発疹チフスのヴェクターになりにくかったのではないかというのが著者の推理である。
・・・日本の発疹チフスとまったく同じじゃないか。明治10年代と大正3年に大きな流行こそあったが、日本の発疹チフスはきわめて限られていた。流行は一時的であり、常在地は限定的であった。なぜ流行があったということだけじゃなくて、なぜ「その時だけ」流行したか、なぜ広範に常在化しなかったかということを問わなければならなかったんだ。日本に発疹チフスが少ないのは、日本人は風呂に入って清潔だからだろうとか、露骨にショーヴィニスティックなことをブログで書いていた医学史研究者がいたけれど(笑)。