精神医学史辞典

 19-20世紀の精神医学の歴史の辞典が出たので目を通す。文献はShorter, Edward, A Historical Dictionary of Psychiatry (Oxford: Oxford University Press, 2005).

 エドワード・ショーターはカナダの著名な医学史家。日本でも『近代家族の歴史』『女の体の歴史』そして『精神医学の歴史』と三冊の翻訳が出ていて知名度が高い。最新作は、私はまだ読んでいないが、 Written in the Flesh: A History of Desire で、ある人いわく「医学史のふりをしたソフトなポルノ」だそうだから、翻訳もすぐに出るだろう(笑)。マルクシズムとフェミニズムフロイトを徹底的に忌み嫌い、精神医学の生物学的な側面を強調する論客で、敵が多い。 - 正確に言うと、生物学的な精神医学の進歩を強調しない歴史を「マルクシスト・フェミニスト」と括るので、私たちはだいぶ困っている。しかし、『精神医学の歴史』は、私が知る限りでは20世紀の精神医学の通史として現時点では最も優れたものであるし、他の書物も悪くない。彼が採用している枠組みが優れたものだとは断じて思わないが、彼の実力を侮ってはいけない。

 この書物もショーターの実力の一端を遺憾なく示している。19世紀から20世紀末まで、英語圏、ドイツ語圏、フランス語圏における精神医学の重要な項目を網羅した300ページほどにわたる500以上のエントリーを、全て一人で(!)執筆している。私がよく知っている項目をぱらぱらと見ると、確かに個々のエントリーには深みと洞察が欠けていると感じたが、それでもこの辞典は20世紀の精神医学の歴史に興味があるものにとって必携である。