マリアーニ・ワイン





必要があって、アメリカの非正規医療にまつわる図版集を読む。文献はHelfand, William H., Quack, Quack, Quack: the Sellers of Nostrums in Prints, Posters, Ephemera and Books (New York: The Grolier Club, 2002). これは2002年秋の展覧会のカタログで、画質もキャプションもイントロもしっかりしている。

売薬やいかがわしい治療の広告などは見て面白いものが多い。市場にどっぷり浸かっている医療だから、ポスター、チラシ、販売促進用のおまけなどがたくさん作られて、今でも多く残っている。かつては、その手のエフェメラを集めて喜ぶ好事家が多かったけれども、最近ではそれを新聞や雑誌から集めて分析して喜ぶカルスタ系の研究者の方が多い。このカタログは彼のコレクションをいくつかの主題に分けて信頼できるキャプションをつけたもの。非正規の巡回治療者の生態を示す図だとか、「解剖博物館」(日本語では衛生博覧会と呼ばれているものとかなり重なる)のビラだとか、禁煙薬の広告などが短く的確な説明とともに掲げられている。

その中でも一章を割かれている「マリアーニ・ワイン」というのは、当時はとても有名でかつ重要な意味を持つ薬用酒だけれども、私は寡聞にして知らなかった。これはパリの薬屋であるアンジェロ・マリアーニ(1838-1914) が、ボルドーのワインにコカの葉を漬けた処方を万病に利く vin Mariani として1871年に売り出したのが初め。マリアーニには広告の天才があり、アルフォンス・ミュシャやジュール・シェレといった当時のポスターアートのスターたちにポスターを製作させただけでなく、グノーに「マリアーニの歌」を作曲してもらったり、製品の広告を織り込んだ小咄(コント)などを、比較的名が知れた物書きにコミッションしたりと、芸術を取り込んだ多角的な広告を展開していた。マリアーニ・ワインは非常に成功したので、多くの模倣者が現れた。その模倣者のうち、ワインをソーダに代えたのがコカ・コーラだそうである。

画像はマリアーニ・ワインの販売促進用のコントの挿絵やポスター。マリアーニ・ワインのおかげで結ばれて子宝に恵まれるカップルの話(上から二つ目)や、辛い別れをした男女がマリアーニ・ワインを飲んで離別に耐える話(上から三つ目)などがあるそうだ。