『リング』『らせん』『ループ』

 必要があって鈴木光司の三部作を読む。『リング』『らせん』『ループ』の三冊。何となく名前は聞いたことがあったけれども、読むのは初めて。映画もあったことは知っていたけれども、例のごとく一作も観たことはない。

以下はネタバレがあります。

 話はかなり複雑だけれども、「感染の恐怖」を描く科学・医学SFと、怨念に由来する「呪い」の土着ホラーのテーマを組み合わせた作品だといえる。山村貞子は三原山出身の超能力を持つ女性であったが、天然痘に感染した医者にレイプされて殺される。山村貞子の子供を残したいという執念と、天然痘ウィルスの生存への怨念が合体して、貞子が念写で作り出したビデオを人間にテープをコピーさせることで、貞子自身と天然痘が複製・増殖することをもくろむ。ビデオという形で放たれた山村貞子の感染が拡大していくありさまを描くというのが基本的なプロットである。貞子の増殖でも天然痘の感染でもいいが、ビデオを観るだとか、貞子についての記述を読むだとか、無機的な情報の伝播によって病気が感染して身体に異常が現れるというのが、情報化時代のホラー小説の面目躍如である。また天然痘・貞子のウィルスは突然変異を起して、新しい複製や増殖の手段を次々に獲得していくところも面白い。

 「医学と文学」の古典的なマテリアルというと、患者や医者の「人間らしさ」を中心に据える作品が多い。『イヴァン・イリッチの死』『ペスト』などなど。学問としての「医学と文学」というのは、もともと還元主義的な医学とハイテク医療に対する人間主義的な反省として定着した学問領域である。realmedicine さんが卒業した頃はまだ定着していなかった科目だと思うけれども、現在はアメリカの医学校の3/4に設置されている。そこで、医者の臨床に役立つ人文教育の機能を担っている側面が強いから、人間主義的な作品が科目のコアに置かれるのは理解できる。しかし、この分野が、アンチ生物学的医学色に染まってしまい、19世紀以来の医学における「科学」と「人間」の古い対立を再生産する装置になることを危惧している学者は多い。私もその一人である。「医学と文学」の授業では、生物学的医学の視点を駆使した医学SFとして有名な『リング』三部作をマテリアルに入れてみようと考えたのは、そんな思惑があったからである。

 この小説を原作にして映画が作られていることは知っていたが、例によって(笑)観ていないし、あと、私は気が小さいので(笑)、DVDも遠慮していた。松島菜々子さんとか中谷美紀さんとか、私が好きな(って、「名前と顔が一致する」という意味ですが・・・笑)女優さんたちが山村貞子を演じているのかと思いこんでいたら、全然間違っていることを学生たちに教えてもらった。