自然史・分析・実験・テクノサイエンス

 必要があって、近代以降の科学全体の歴史書に目を通す。文献は、Pickstone, John V., Ways of Knowing: a New History of Science, Technology and Medicine (Manchester: Manchester University Press, 2000).

 学問一般においてそうなのだろうけれども、歴史学や医学史の間でも専門分化が進んでいる。新しい視点の導入ばかりが華やかに伝えられるけれども、この30年の医学史のヒストリオグラフィは、隣接する科学の歴史研究とのつながりを失ってきた。近代の医学史のすぐれた通史・教科書は多く書かれているが、医学と他の分野の科学を含めた歴史を統一的に論じた一冊の書物というのは、私はちょっと思いつかない。

 本書はまさしくそれを狙ったものである。近代以降の諸科学の歴史を、医学史、物理学史、化学史といったように、学問分野ごとに縦に論じるのではなく、時代区分ごとの横の特徴を捉えて、17世紀の諸科学に共通な手法の歴史、19世紀の手法の歴史・・・というように捉えなおしている。

 それぞれの時代を主導した特徴を、著者のピックストーンは4つに整理して考えている。自然史、分析、実験、テクノサイエンスである。微妙な時代的なずれはあるが、それぞれ16・17世紀、18世紀から19世紀前半、19世紀中葉から後半、20世紀に主導的になった手法である。フーコーの「エピステーメー」とよく似た発想だが、ピックストーンは、これらの手法が重層していってそれぞれの時代の科学全体を作っていくことを強調している点が大きく違う。詰めて考えたことはないけれども、私はピックストーンの重層モデルのほうが役に立つと直感的に信じている。

 それぞれの四つの手法を簡単に言うと、自然史は<事実>となるもの・ことを集め、分類し、それらの時間的な変遷を記述する。分析は、集めた事実を要素へと分解して理解する。実験は、分解された要素を再構成し、コントロールをつけた上で新しいものを作り出す。テクノサイエンスは、国家・産業・科学の連携によって、実験を通じて作られたものを、商品なり擬似商品なりの形で生産する。近代以降の科学の歴史は、物理学であれ医学であれ、この4つの手法が科学的な知識のあり方に革命を起こし、その革命が堆積していった過程であるという全体図になっている。

 私がそういう授業をしたことがないけれども、学部1-2年生くらいに「科学史」を教えるのにとてもいい教科書になるだろう。