初期近代の安楽死

 同じく新着雑誌から。今度の号は読み応えがある論文が満載。 初期近代の安楽死についての論文を読む。文献はStolberg, Michael, “Active Euthanasia in Pre-Modern Society, 1500-1800: Learned Debates and Popular Practices”, Social History of Medicine, 20(2007), 205-221.

 「安楽死」は現在の生命倫理でもっとも重要な争点の一つである。これまで安楽死の歴史は、19世紀の後半まで、キリスト教倫理に支配されていたヨーロッパでは事実上安楽死をめぐる「議論」は不可能であったという見解に基づいていたが、この論文は、これまで知られていなかった、あるいは見過ごされていた文献に基づいて、19世紀以前にも安楽死は比較的広く行われており、それをめぐる議論があったことを指摘している。その議論には、生命と死は神のみが与え奪うことができるという宗教色が強いものもあったが、ある種の安楽死を正当にしてしまうとその悪用が現れるという現在の「スリッパリー・スロープ」の原型ともいえる議論もある。

 こういった発見は、ちょっと考えると現在の医療倫理の議論と関係があるようには見えないかもしれない。しかし、現在の医療倫理にとって、どの問題がなぜ新しいのかを問うために、現在を形作っている歴史の重層を的確に把握することは、少なくとも重要な作業の一つであるはずである。