病原体による南北アメリカ大陸の原住民の殲滅についての研究書を読む。文献は、Cook, Noble David, Born to Die: Disease and New World Conquest 1492-1650 (Cambridge: Cambridge University Press, 1998).
コロンブスによる「新大陸の発見」以来、南北アメリカ大陸の先住民が、移住してきたヨーロッパ人がもたらした感染症によって壊滅的な打撃を被ったのは有名な話である。天然痘や麻疹などの、ユーラシア大陸に存在した感染症を経験したことがなく、免疫を持たない人口によってのみ構成されていた南北アメリカの社会は、巨大な脆弱性を抱えたまま発展していた。本書は、広大な大陸に発展していた高度な文明が病原体によって壊滅し、ヨーロッパ人に征服される過程について、北米、カリブ海、中央アメリカ、南米などについての既存の研究を総合した便利な書物である。具体的な事例の詳細な説明が次から次へと出てきてちょっと退屈するけれども、こういう本を読んでおくと、安心してこのトピックについて話すことができる。
病原体が新大陸に与えた最初のインパクトは、スペインがカリブ海に築いた拠点であるヒスパニョーラ島から始まった。コロンブス以前のヒスパニョーラ島の人口を推測するのは至難の業だが、歴史学者たちの推計は大体10万人から100万人までの間である。それが、コロンブスの航海の約15年後の1508年には6万人くらいになり、1530年ごろのある植民者は、最初は50万人くらいいた原住民が2万人ほどに激減したと記している。(このあたりが妥当な数字なのだろうか?)1542年にはさらに減少して、2000人ほどになり、絶滅に向かっていた。
初期の人口減少をもたらしたのはおそらくインフルエンザであった。しかし、新大陸の先住民の記憶に刻み付けられたのは1518年に始まる天然痘の大流行であった。ヒスパニョーラ島を訪れていた修道士は、1518年の12月に天然痘の流行が始まり、人口の三分の一がこの病気に斃れた。有名なラス・カサスは三分の一から半分という数字を出している。この流行が特に重要なのは、1520年の9月から10月にかけて、当時アステカ帝国との不利な戦いを強いられていたコルテスの軍隊への天佑であるかのように働いたからである。皇帝を次々と天然痘で失い、市民にも軍隊にも天然痘が蔓延したアステカ帝国軍は、数的には圧倒していたはずのコルテスの軍隊に打ち破られることになった。この天然痘の流行は、その後数年のうちにグアテマラやアンデス地方にも広がり、両大陸にわたって大被害を出して、先住民を大混乱に陥れてスペインによる征服を容易ならしめた。
その後、1530年代の麻疹の流行、45-48年の発疹チフスの流行、1550年代から60年代にかけてのインフルエンザ、1576年から91年の複合的な感染症の流行など、新大陸はヨーロッパ由来の感染症の波状攻撃にさらされた。1540年代には家畜の感染症の流行もあった。
一つ、気になったことを。本書は、「暗黒の伝説」(the Black Legend)と呼ばれるものを反駁するという構成を取っている。これは、先に触れたラス・カサスの『インディオスの破壊に関する簡潔な報告』に起源を持つ説で、新大陸の殲滅は、スペイン人のコンキスタドーレスによる原住民の殺戮と強制労働への徴発によるものであると考える説である。「残虐なスペイン人」を描くこの説は、反スペインの立場をとるイギリス、フランス、オランダなどのヨーロッパの新興国にとって非常に都合がよく、また、近年のポストコロニアリズムの流れの中で新大陸の征服を倫理的な蛮行であることを強調する論者たちによって唱えられてきた。そういう解釈に対して、病原体の役割が大きかったことを主張するというのが本書の基本的な立ち位置である。
殺戮と強制労働と感染症と、どちらの方が人口学的なインパクトが大きかったのかという問題については、もちろん私は判断する資格はない。しかし、感染症による人口減少に対して、多くの場合、弾力的な回復が見られることをもう少し考察してもいい。たとえば、日本でも天平時代の天然痘の全国的な大流行は、大被害をもたらして、人口の1/3を一気に斃したと推計する学者もいる。その推計が正しいかどうかは別にして、すさまじい被害だったことは確実である。しかし、そこから長期にわたって人口が減少し続けるということはなかった。新大陸のように、150年間にわたって人口が減少し続けて、ついには1/10とか1/50になり、カリブ海のように原住民は実質上絶滅してしまうという異常な事態は、単に免疫の不在と感染症の波状攻撃だけでは説明できないという可能性を考えることはできないだろうか。その間、新大陸の原住民が人口回復のメカニズムを発動できないような社会的な状態に置かれていたことが大きかったとは考えられないだろうか。 それとも、あまりに巨大で、高度に発達したヴァージンソイルは、脆弱性も非常に大きかったと、あくまでもバイオロジカルなメカニズムで考えるべきなのだろうか。