歴史疫学

歴史疫学についての大きな理論的考察を含んだ優れた論文を読む。文献は、Landers, John, “Historical Epidemiology and the Structural Analysis of Mortality”, Health Transition Review, 2(1992), Supplementary Issue, 47-75. この論文と、それからそれが掲載された雑誌も、非常に優れたものであったけれども、10年ほど前に刊行が中止されたと思う。 手に入れにくい雑誌だと思うけれども、幸いなことに、下記の HP ですべて提供されている。Landers の論文、特に前半部分は歴史疫学を考える上で必読である。

Epidemiologic transition 「疾病構造転換」というのは古典的な概念で、死因の多くが感染症が原因だった死因の構造から、そうでない死因の構造へと転換したことを言う。この転換は、イギリスだと19世紀後半から20世紀初頭にかけて、日本だと20世紀半ばくらいに起きていて、死因統計などがすでに利用できるから、色々なことがわかる。そのせいもあって、死亡のパターンは太古の昔から転換が始まるまでほとんど変わらないというような錯覚が生まれている。死亡のパターンが変遷していることを論じている場合でも、その理論は著しく単純である。この状況をただして、洗練された概念枠組みを作ろうとした論客がランダースである。エクスポージャーとレジスタンス(感染症のもとになる病原体への被曝と、それに対する抵抗)という概念に加えて、ある人口集団が、病原体を保持する指数、外部からの進入を遮断する指数、そしてその中で病原体を伝播させる指数など、鍵になる概念が定義され、説明されている。特に、人口が多い大都市は、病原体を常在化させやすいから保持指数も高く、外国からの影響にさらされることも多いから遮断指数は低く、人口密度が高いから伝播指数も高いなどマイナス要因も多いけれども、その経済的な発達によるよりよい栄養状態などは、プラスに働くことになる。

ランダーズの言葉で、歴史疫学の仕事の一つの金言といえるものがあるので、紹介しておく。「死亡の多くがペストである状況で、清潔な水を供給してもほとんど意味がないし、栄養状態の改善は、結核の死亡率を下げるのにはプラスに働くけれども、天然痘の改善には意味がない。」