「肺炎-下痢性の諸疾病」の歴史疫学についての論文をチェックする。文献は、Kunitz, Stephen J., “Speculations on the European Mortality Decline”, Economic History Review, 36(1983), 349-364. 私が知る限りではもっとも視野が広い歴史疫学の論文で、必読文献の一つ。
ペストとか天然痘とかいった特定の名前がついている病気は歴史家たちに注目されてきた。この論文は、「肺炎-下痢性の諸疾患」と筆者が呼ぶ一群の疾病に注目する。これらの病気は、確かに細菌によって引き起こされる感染症であるが、特定の病原体の侵入というより、腸や呼吸器などに存在する雑菌が、ホストがストレスを受けたときに日和見的に発病することが疾病の原因である。そして、この「肺炎-下痢性の諸疾患」が疾病構造と死亡率の変動に果たしてきた役割は非常に大きい。ヨーロッパにおいて17世紀の後半にペストは後退し、18世紀には常在の中心-近傍が形成されて天然痘は小児病化していく。これらの大流行を引き起こして人口をなぎ倒していく疾病が、死亡率に貢献する割合が小さくなると、「肺炎-下痢性の諸疾患」という、さまざまなストレスに敏感に反応する疾患が乳幼児の死亡率を左右するようになる。そして、そのストレスは、栄養不良・消化不良・清潔な育児環境の維持など、経済水準と子供のケアの水準によって決まるものが多い。また、「肺炎-下痢性の諸疾患」に至るようなストレスは、中小の自作農が主たる地域では低く、大土地所有制で、小作人や農業労働者が大地主の土地を耕すような地域では高いという示唆をしていて、その理由は新生児をかかえた女性が労働せねばならないため母乳保育できなかったからだというようなことを言っている。正しいかどうか知らないが、とても面白い。