必要があって、個人衛生の歴史の通史を読む。文献は、Smith, Virginia, Clean: a History of Personal Hygiene and Purity (Oxford: Oxford University Press, 2007)
著者は衛生の歴史の実力者。しばらく前から話題の新作で、楽しみにして読んだが、期待を裏切らなかった。一番の大きな特徴は、個人衛生の歴史を論じるにあたって、先史時代はもちろんのこと、霊長類の毛づくろい行動から話を説き起こしているところだろう。それも、かなり本格的な記述で、霊長類・原始人類に一章、先史時代に一章と、宗教改革や19世紀と同じスペースが割かれている。この枠組みを通じて、「生物学的に」清潔が望ましいという自然科学的な視点と、霊長類にとって個体の清潔の維持は毛づくろいなどの社会行動によって維持されるのであるという社会・文化的な視点が、無理なく融合されている。・・・うまい構成を考えたものだなあと感心する。
それ以外にも、非常に読み応えがある内容の書物。たとえば、ローマの「自己への配慮」としての入浴やマッサージを含めた清潔法が美と洗練を目指したものであったのに対し、初期キリスト教の清潔法は、神の前に自分を置いて、自らの身体を純粋にする「自己を知る」行為であったこと、この二つの思想が個人衛生の歴史の思想-行動的な柱であり、そこに長い目で見たときの近代社会の豊かさと生活水準の向上によって駆動される「物質文明」の表現としての「文明化の過程」を絡ませるあたりは、長く広く深い視点でとても面白かった。もし出版社につてがある方がこの記事を見ているなら、この本は、表紙もちょっとセクシーだし、内容は高度でとてもわかりやすい。翻訳したら、理系にも文系にも学者にも一般にもきっと売れますよ。あ、もし、本当に翻訳されるときには(笑)、イラストをもっと高品質で印刷しなおしたほうがいいです。 たとえば、「水浴」という名で知られている13世紀ころのタペストリーは、カラー印刷でなければ・・・