空気の公衆衛生の倫理学

空気の公衆衛生の歴史的倫理学とでも呼べる内容の本を読む。文献は、Kessel, Anthony, Air, the Environment and Public Health (Cambridge: Cambridge University Press, 2006).

英語圏でダイナミックに進展している環境論・環境倫理の長所と短所をよく現す大胆な構想の書物で、歴史と倫理学と公衆衛生と環境論を組み合わせたような構成。ギリシア医学から細菌学革命、地球温暖化論までをカバーしている。歴史の部分は、いったい何がこの著者の独創的な論点なのか全く分らない、医学史の教科書に書いてあることをまとめた感じで、別にあってもなくても良いという印象を持った。

空気の公衆衛生の文脈で、現代の公衆衛生と疫学の方法論の批判と、地球的規模の環境問題の基礎となる倫理思想の構築を論じた後半部は面白かった。「個人の病気(=痛み)からの自由」という功利主義的な原理だけが目標となり、狭く定義されたエビデンスを得ることができる研究だけに自らを限定している公衆衛生・疫学への批判は、どの程度当たっているのかは分らないが、たしかに思い当たるふしはある。地球規模の環境問題と公衆衛生は、時間的・空間的に巨大な広がりをもち、近年の公衆衛生の枠組みでは分析できない。自己責任論や功利主義ではなく、何が「正義」なのかという視点に基づいた哲学で公衆衛生を裏打ちしなければならないという。面白く読んだ。