赤坂真理『ヴォイセズ / ヴァニーユ』

赤坂作品シリーズの最後。 「ヴォイセズ」「ヴァニーユ」の他に「白い脂の果実」という中篇をおさめたもの。

「ヴァニーユ」は、たしか映画化もされた有名な作品で、実は読むのは初めてだけれども、たしかに映画化しやすい筋立てである。会社をリストラされて、何か特別な技能を身につけようと思ってフランス語を学びに単身フランスに渡った若い女が主人公。彼女が、麻薬が欲しいかと麻薬の売人の男に訊かれたとき、フランス語がわからないので、それはどうせセックスの誘いだろうと思って、「欲しい」というと、注射針を刺されてしまう。(これは、本来フランス人が艶笑系のジョークで言うような内容だけど、それをキンキンに乾いたユーモアにするセンスが優れていると思う。)抵抗した女に男は怒り、女の顔面を激しく殴って骨折させる。気絶した女は病院で目覚め、助けてくれたリシャールという男に名前を訊かれるのだが、顎と歯の骨折で本当の名前を発音できずに、ヴ・ヴとうなっている彼女をヴァニーユと名づける。彼女は新しい名前だけでなく、整形手術で、前よりもずっと美人になった顔を貰って、リシャールのほかにも恋人を作る。 

「ヴォイセズ」は、映画にはすごくなりにくいけれども、少なくとも着想としては傑作と言っていいと思う。成田空港の管制官をしていて、飛行機のパイロットからの無線通信を聞いて、航空機の着陸を振り分ける仕事をしている女性が主人公。 彼女の恋人は、全盲で、触覚を頼りに彼女を愛し、大声をあげることで快感を表現する男という設定である。 二人の関係が深化し、女が聴覚の別種の使い方を全盲の青年から学ぶにつれて、管制官の仕事、特に新しく導入されたテレテキストで飛行機を振り分ける仕事ができなくなっていく。