松沢のインシュリン療法と食糧事情

必要があって、戦前・戦中・戦後の精神病院の実態を回顧した座談会の記録を読む。文献は、「座談会 戦中・戦後の精神病院の歩み」第一部・第二部『精神医学』14(1972), 688-703; 784-795.

東京の松沢病院や私立の武蔵野病院、井の頭病院、横浜の県立精神病院の芹香院などの精神病院に戦中から戦後にかけて勤務していた医者が集まって、当時を振り返るという企画の座談会を、雑誌の記事にしたもの。この手の資料は、研究の核にはならないけれども、使い方によっては面白い視点を与えてくれる。

戦中については、食糧事情の悪化で、患者がばたばたと死んでいったことが中心の話題になっている。井の頭病院や松沢については、正確な数字も挙げられていて、昭和15年くらいから死亡率は着実に上昇をはじめ、昭和19年、20年のピークには在院患者の半数近くが死ぬという凄惨な事態になっている。国民全体の食糧事情も悪かったのだけれども、国民の半分が餓死してはいなかったのだから、この「局所的な飢饉」は、単に食料の絶対量の問題ではなく、食料資源を分配するメカニズムによるところが大きかった。このメカニズムが明らかにできるといいのだけれども。

1930年代の後半からインシュリン・ショック療法が大手の精神病院では行われていたが、戦中になると薬が手に入らず、それどころか、昏睡から回復させる砂糖も手に入らなかったという。また売られていたインシュリンも粗悪で効力を計算できないものだったから、ある病院では「インシュリン沫」を手に入れて自家製造していたという。この「インシュリン沫」というのは、詳しいことは分からないけれども、ウェッブでちょっと調べたところによると、インシュリンの輸入が途絶えたあとの代用品として、廃棄された魚の内臓などから製造したものらしい。

座談会などでの発言の言葉じりを捉えて精神医学の旧悪をあばくというヒストリオグラフィは、アカデミックな歴史学の方法ではないけれども、気がついてしまったのでひとつ書いておく。松沢の医者が、インシュリン療法に関して、これは「手がかかる」療法で、そちらに人手を取られて、興奮期ではない慢性期の患者が「犠牲になった」と記している。ここをちょっと問題にしたい。

インシュリン昏睡療法が「手がかかる」治療法であったのは事実である。多量のインシュリンによって低糖状態を作り出して昏睡させる危険な療法で、数時間にわたって看護人が患者を常にモニターする必要があった。そして、看護人の数も時間も有限であり、患者の状態などによっても必要な看護の「量」は違うのだから、看護とケアに濃淡ができるのは仕方がないというか、それは当然である。

問題なのは、インシュリン療法は、松沢などにおいては、その治療代を負担できる富裕な患者がほぼ独占していたという点である。インシュリン療法は、高価な薬品であったインシュリンを多量に使うもので、1940年の松沢の医者たちの論文によれば、この実費を負担できる階層の患者のみに与えられていた。1クール行うのに実費で80円程度必要で、これは当時の教員の初任給の月給にあたり、それに入院などの費用も加わるから、インシュリン療法を受けた患者は、富裕な階層に大きく偏っていたのは確実である。(これを実際に調べてみないと・・・)この富裕で「手がかかる」患者たちの治療のために、貧困層が多かった慢性期の患者が「犠牲になった」ということは、インシュリン療法が、精神病院における資源の配分の濃淡・格差を増幅したと考えられるだろう。つまり、高額の治療費を払う私費患者には、<病気そのものではなく、選択された治療法ゆえに必要になる>手厚いケアが与えられ、そのために、慢性期の公費患者が受けるケアの割り当てが少なくなったのだろう。すなわち、戦中期の精神病院の慢性患者の生活水準の低下は、部分的にはイアトロジェニックであり、医者が富裕な層の需要にこたえて行った治療法の「しわよせ」の産物であったといえるだろう。

そうはいっても、富裕な患者へのインシュリン療法をやめれば貧困患者の餓死者が減ったかというと、それは、直感的にいってまずありえない。松沢の医師の問題の発言も、餓死の脈絡ではなく、レクリエーション療法の文脈で発言されているし、この時期の精神病院における餓死は、インシュリン昏睡中の富裕な患者のお世話から看護婦を解放すれば解決するような規模の問題ではなかった。ここから先は想像だけれども、おそらく、松沢全体の経営を成り立たせるのに、富裕な患者がはらう治療費・入院費が必要だったという側面もあるだろう。私費患者が松沢に払うお金が、医者たちの研究だけでなく、東京府の予算では賄いきれない貧困な公費患者の生存と最低限の生活を保障する(できなかったけど・・・)のに使われたということは、十分想像できることであるし、私もそんな風に想像していた。しかし、松沢の医者の「インシュリン療法などのせいで、慢性患者が犠牲になった」という表現は、この還流のメカニズムがある点においてはうまく行っていなかったことも示唆しているように思う。