必要があって、16・17世紀の自然魔術についての論文を読み直す。 文献は、Copenhaver, Brian P., “Natural Magic, Hermeticism and Occultism in Early Modern Science”, in Reappraisals of the Scientific Revolution, eds. by David C. Lindberg and Robert S. Westman (Cambridge: Cambridge U.P., 1990), 261-302.
プラトンのラテン語訳で名高いマルシリオ・フィチーノは1471年に「ヘルメス文書」と呼ばれる一連の写本群をラテン語に訳した。このヘルメス文書なるものは、17世紀の文献学者の研究によって、キリスト紀元後の比較的新しい著作であることが明らかにされるが、フィチーノが訳した当時には、ファラオの時代の古代エジプトの哲学者ヘルメス・トリスメギストゥスの著作だと信じられていた。この「ヘルメス文書」の翻訳に端を発する自然魔術思想が16・17世紀のヨーロッパで流行し、17世紀後半の近代科学の形成にすら非常に大きな影響力を持ったということを論じたのが、フランシス・イエイツである。イエイツの主張は、あるテーゼを主張したというよりも、新しい視点を唱えて研究を刺激することを意図したもので(イエイツ自身は「テーゼ」という言い方をしておらず、彼女を批判したものがそういう言い方をしているそうだ)、この論文はそれを受けて、ヘルメス主義と自然魔術、オカルト主義が16・17世紀の文脈で検証している。
専門家ならではの洞察がいくつもあって、その一つは、ヘルメス主義とか自然魔術などを「非合理系の思想」という形でいっしょくたにするのをやめようということである。(はい、反省します 笑)それと関連するが、もう一つは、ヘルメス主義自体においては、自然魔術はさして重要でないことである。それから、短い説明だったけれども、ガレノス以来の「オカルト的な性質」について、とてもいい説明があった。
「感覚では捉えられない質」を重視するという考え方も、ガレニズムにそぐわないものであった。ガレニズムの生理と病理、そして治療の根本原理であった熱・冷・乾・湿の四つの性質はいずれも感覚できる性質であった。これらとは違う「隠れた質」という概念をガレノスは持っていたが、これは彼の理論体系の周縁に位置していた現象であった。たとえばルバーブの下剤としての効果や、シャクヤクの首飾りの解熱効果などは「明らかな質」では説明できない事実であり、それを説明する原理はガレノスの体系の中心にはなかった。
下剤としてのルバーブの記事は書いたばかりだし(いや、関連で読んでいるから当たり前だけど・・・笑)、シャクヤクの首飾りの記事はだいぶ前に書いた、思い出深い記事なので、ちょっと嬉しくなった。
この論文集は、いわゆる「科学革命」期の科学史について、研究史の整理の上に立って優れた鳥瞰と展望を与えた力作を一冊にまとめてあって、昔から重宝している。(医学につてのハル・クックの論文は出色である。)しかし、気がついてみたら、今から20年以上も前の書物ということになって、本当ならアップデートしなければならない。どなたか、これがいいですよという本を知っている人は教えてください。