症例が持つ文学の構造

Hurwitz, Brian, “Form and Representation in Clinical Case Histories”, Literature and Medicine, vol.25, no.2 (fall), 2006, 216-240.

 

ヒポクラテスから17,18世紀を経て、19世紀と20世紀にいたる医学における症例の文学的な形式を分析した論文。もとはといえば学会のキーノート講演であるため非常に分かりやすい。症例を分析するときに何に気をつけなければならないかという基本的な概念、ヒポクラテスやそれぞれの時代の症例をその文学としての構成に着目してまとめるときのシンプルな提示、そして読まねばならない数々の重要な文献の紹介。症例を素材にした学部生や大学院初級の授業に最適である。キーノート講演の一つの理想形であることは間違いない。しかし、この論文が言っていることが歴史的に正しいかというのは、これはまったくの別問題である。

 

幾つかの重要なポイントのメモ。 ある患者について医者がつける私的なノートと、症例の違いは何か。症例は、より表象的なものpresentationalであり、言説的な実践 discursive performanceである。それは、臨床でのデータをさまざまな説話の技法を用いて再編成したものである。Reorganize clinical data using a variety of narativizing techiniques. 

 

患者自身と医学的に再構成された像は異なる。症例の記録はしばしばこの違いを取り上げている。しかし、医師が書いた症例の中では、この違いはしばしば無視される。

 

ヒポクラテスの流行病論の症例では、視覚が優勢であり(Oliver Sacks)一方で医師と患者とが対話した形跡が感じられない。ガレノスの予後論、On the Affected Parts に現れる症例は、ガレノス自身が登場する。また自己の症例を語る部分もある。17世紀には患者の感覚や経験が、しばしば患者の精神的な危機の脈絡の中で語られる。18世紀には患者がスペクタクルであり、「驚くべき症例」「見たことがない症例」といった wonder の記述があるが、この傾向は次第に薄れ、achieve the tone and distance of autopsy while the patient is still alive. 19世紀以降になると、患者の身体の科学的な検査が重要な導きの糸となる。