文学に現れた「てんかん」型の精神病

少し前のTLS(Times Literary Supplement, 2 Jan 2009) をめくっていたら、面白い作品紹介があったので。

ウィルキー・コリンズ(William Wilkie Collins, 1824-1889) は、その「センセーション小説」が再評価されている19世イギリスの小説家。代表作の『白衣の女』は岩波文庫から翻訳も出ている。『白衣の女』は精神病の患者と(不法)監禁がプロットの中心なので、精神医療の歴史の研究者によく読まれている。そのコリンズが、19歳で茶商人見習いであった1843年に、 “Volpurno” と題された小説を書いていることが発見されたという記事がTLSにあった。ごく短い作品なので読んでみたら、これがとても面白かった。

解説によれば、この作品は、アメリカの少なくとも4つの雑誌などにいずれも1843年に掲載された。William W. Collins と署名もされているものもあるし、コリンズの自伝の記述とも整合し、「あの」コリンズの作品であることは間違いない。これは、おそらく、最初はイギリスの雑誌に発表されたものが、無断でアメリカの雑誌などに転載されたもので、国際著作権法が整備されていなかった当時は、珍しいことではなかった。イギリスのどの雑誌に初出したかは不明であるが、解説者は、これまでこの作品が発見されてこなかったところを見ると、かなりオブスキュアな雑誌に初出したのだろうと推測している。

作品は、語り手がヴェニスに滞在中に、一人の美しい老婦人がリドーの庭園でたそがれ時に一人で歩いているのを見かけるところから話が始まり、案内人(チチェローネ)が語る彼女の若い頃の身の上話という形で展開する。主人公は、若いときの美しく(ついでに、豊かな財産を相続した)彼女に恋をして、数日間結婚して死んだ若い天文学者である。彼は、子供のときから短い狂気の発作に悩まされ、天文学に没頭した結果、その発作は激しくなり、この上ないほど醜い女性に追われる妄想に襲われるのであった。一つ一つの発作は短時間でおさまるが、それが繰り返されるたびに、彼の体質 (constitution)はより深く蝕まれていくのであった。成人すると、その発作はあまり起きなくなっていたが、彼女に出会って恋に落ちた彼は、この病気が潜んでいる身で、彼女と結婚するべきかどうか迷う。しかし、彼女の魅力はあまりに強く、彼は、自分に潜む狂気は天文学研究の孤独のせいであり、この女性と結ばれれば、残っている狂気を根絶できるだろうと自分に言い聞かせて、彼女と結婚する。「感情が良心に勝利してしまった」のである。しかし、結婚の当日に彼は激しい発作に襲われ、刀を抜いて金切り声で笑いながら、いつものように見えない敵を追いかけて野に走り出していった。数日後に見つかった彼は、花嫁に自分の病気について告白し、静かに死んでいく。

このあいだ記事にした『パリの秘密』にも、そんな話があった。