開業成功術-いまから百年前

必要があって、100年前の医者向けの開業成功術を読む。文献は、青風白雨楼主人『お医者論』(東京:東亜堂書房、1913)

著者については、私はいっさい知らない。国会図書館のカタログをみると、『お医者論』と同じ系統の医療論としては、『今のお医者』『現代名医棚卸し』という二冊の書物を同年に出版している。さらに、同じ年に『きむすめ論』という書物と『細君論』という書物を出版している。『お医者論』の書きぶりから察するに、軽妙な世相評論家なのだろうか。

医者が開業して成功して「流行医」になるための心得を、大正二年当時の医者の様子を面白おかしく皮肉をこめて書いている。話しの本体は、「開業上の主義」と題された章で、全部で22の「主義」を掲げて、それを論じている部分。

1 軽便主義(お手軽主義)
2 交際主義
3 細君薬局主義
4 お抱え主義(分捕り主義)
5 おもちゃ主義の小児科医
6 薬品倹約的主義の小児科
7 ごまかし主義
8 売りつけ主義(頓服主義、兼用主義、回診主義)
9 新薬主義(一名ハイカラ主義また原語主義)
10 誇大主義(だぼら主義)
11 多忙主義
12 吹聴主義
13 攻撃主義
14 家屋広大主義(玄関主義)
15 広告主義(新聞利用主義)
16 平凡主義
17 研究主義
18 営業主義 (銭取り主義)
19 親切主義 (利益主義)
20 安直主義 (カズコナ主義)
21 薬価貸込主義
22 分院主義 

こんな風におちゃらかして書いているけれども、主張していることのコアは、現在とは違うが、たぶん当時の「名医」の基準からそれほど離れていない。皮肉られている「主義」に「研究主義」があることからもわかるように、学術的な卓越というのは、開業で成功するためのキモではない。(これは現在でもそうかもしれないが、週刊誌の「現代の名医」特集は、学術的というか、先端技術をマスターしていることを重んじているような印象を持っている。)「研究主義」の医者というのは、「学帽の後が額に残っているような」、大学で学んだことが抜けきっていない青二才をイメージしている。

名医の基準は学問でもこけおどしの新技術(「新薬主義」)でもなくて、むしろ、人間関係というか、患者の心理をつかむことが「名医」の条件であると考えている。それを一番よくあらわしている一節が、「ヒステリー患者を御すことができる医者こそ、開業の奥義を習得したものだ」という部分である。要約すると、以下のような感じになる。

流行医となるは、術を施すの前にまず患者の精神状態の如何を知って、その弱点を捉えることができる医者である。診察前における直覚的心的作用の鋭敏に鍛錬された結果をいう、患者に対する一種特別の催眠術のごときものである。患者を魅するの力である。婦人のヒステリー患者のごときは、この力を持たねば到底信頼を得ることはできない。婦人のヒステリー患者を御し得る医師は、もはや、その開業術において、その堂奥に入りたるものである。

いや、医学史の研究者から見ると、このテキストほどクオータブルなものはない。現代との対比や共通点など、言ってほしいことを洒落た仕方で言っている。いっそ、復刻しようかな(笑)