新着雑誌から、環境史と公害研究のヒストリオグラフィを論じた研究を読む。文献は、Sellers, Christopher C., “Cross-Nationalizing the History of Industrial Hazard”, Medical History, 54(2010), 315-340. 著者はアメリカの鉛毒の歴史についての傑作を書いている学者。
取り組もうとしている最大の問題は地理的な「スケール」の問題である。かつては、国家が分析の単位であった。ジゲリストたちの時代においては、産業医学や鉛中毒の歴史というと、それぞれの国でいつ何が起きたという ”nation-hopping” とでもいうべき記述がされていた。現在の我々の目に映る問題の姿は、地域レヴェルから国内、国際、グローバルまで、あらゆる地理的なスケールで起きている要因が重なりあって、公害(というか産業による人体への被害)の発生が規定され、対策が議論される。この地理的に「マルチスケール」な視点に、歴史的な「長さ」を持った記述の枠組みを議論しようという論文である。
私も、コレラのパンデミックを明治東京の裏通りの被害とどうつなげるかを考えているから、このマルチスケールの話はすごくためになる。コアにおいて独創的な論文であるだけでなく、色々と重要な視点も紹介されている。ダストンやハッキングのobjectをかなり修正して軸に据える方法もいい。必読論文である。しかし、悪く言えば、大きなファンドのリサーチプロポーザルのように、雑多な方法論をかき集めてごてごてと作られたという印象を与えるこの論文の概念装置が、本当に使えるのかどうかは、自分のリサーチで確かめてから判断したい。