必要があって、17-18世紀の「ヨーロッパすべてを教えた医学教師」、ブールハーヴェの伝記を読む。文献は、Lindeboom, G.A., Herman Boerhaave: the Man and His Work, 2nd edition (Rotterdam: Erasmus Publishing, 2007). 20年くらい前は、この著者の書物は、英語で読むことができるブールハーヴェ研究の決定版だった。今でも、たぶん、これを超える著作は出ていないと思う。
伝記という言い方をしたけれども、この書物は、ブールハーヴェ研究者がレファレンスのように使うことができる書物である。最近、英語圏では科学者の伝記が流行しているけれども、これらの多くは「読みもの性」を重視しているため、「情報を探して引く」という使い方をしにくい。科学者や医者の伝記が読み物化しているのは、学術書への商業主義と科学史研究の文系化の二つの傾向によるもので、私はどちらも悪いことではないと思っているし、A. デズモンドのような優れた書き手でストーリーテラーであれば、読みもの性を持った伝記のメリットは大きい。しかし、必要な情報を探して引くという点では、よく練り上げられたLife and Works という形式の伝記は圧倒的に使いやすい。もちろん、Works の部分を使いやすくするためには、他の学者が何を求めているのかということを知らないとだめだろう。その点、この碩学の書物は、たとえば「ブールハーヴェとスピノザ」「ブールハーヴェと機械論」「臨床講義」「人痘への態度」といった、心憎いような項目になっている。きっと、ブールハーヴェの専門家として、長いことに人に尋ねられてきた経験が生んだカンによるのだろう。
トリヴィアをひとつ。ブールハーヴェは狂犬病の患者の死期を観察して、自分が観察した内容を学生たちに講義したときに、その描写があまりに生々しかったので学生の一人は気分が悪くなり、そのような恐ろしい表現を使わないでいただきたいといったそうだ。