岩波の日本思想大系が値崩れしていて、一冊500円にも満たないような値段でアマゾンで投げ売り状態になっている。学術の精髄が投げ売りされていて悲しい半面、それなら買っておこうというあさましさもある。悲しくてあさましい私は、『おもろそうし』という巻を買ってみた。「おもろ」というのは、ウムイともいい、琉球方言の中の沖縄・奄美諸島に伝わる古い歌謡である。ほぼ12世紀ごろから17世紀初頭にわたって謡われていた島々村々のウムイを採録したのが『おもろそうし』全22巻であり、およそ1250ほどの歌謡が収録されている。
『おもろそうし』は、古い韻文の歌謡を集めたものということで、沖縄の万葉集と言われることもあるそうだ。(大和中心主義的な言い方だけれども、まあ、とりあえずそれはいい。)記紀万葉の日本語を読むと、日常使っている言葉が、万葉の時代には思いがけない意味の広がりや屈折を持っていたことがよくわかる。素朴なリズムで、右を向いては謡い、左を向いては謡うようにする節回しもいいし、その節回しで恋人への秘めた思いを伝えるような恋歌は、私たちがインテンスに個人的だと思っている恋愛のコードとは大きく違って、広場で謡われて何かを夢みさせるような心もちになる。記紀万葉も『おもろそうし』も、日本語の発見と、現代の行為の発見という、二つの発見をさせてくれる。
『おもろそうし』の特徴かなと思ったのが、海にまつわる歌の多さである。海や島、波や浜を謡った海洋系の歌が多く、沖縄と言うのは島の世界だったのだなあと思う。それらの歌には、漢字(というのか日本語というのか)が当てられている。「鳴響む」(とよむ)という言葉がよく使われていて、波の音や風の音がいつでも鳴り響いている海辺を思わせる。