『暗黒大陸』

必要があって、一般向けに書かれた20世紀のヨーロッパ史を読んだ。文献はMazower, Mark, Dark Continent: Europe’s Twentieth Century (New York: Alfred A. Knopf, 1999).

日本では、歴史学者は一般向けの歴史書を軽視する傾向が強いように感じているが、イギリスでは歴史学者の評価は一般向けの書物で決まるということすらできるかもしれない。象徴的な例をあげると、ホブズボームの「二重革命の時代としての19世紀」という考えは、私が知る限りでは、彼の一般向けの書物で論じられている考えである。この書物は、歴史学者と一般読者の双方にとって面白くてスリリングな書物というホブズボームやE.H. カーの伝統を継ぐものだと思う。私自身はこの主題の専門家ではないからもちろん歴史学者としての判断はできないが、一般読者としては非常にスリリングだった。

第一次大戦が終わって、ヨーロッパの内部の帝国(ハプスブルクとトルコ)は崩壊し、王政の国家は激減して民主制の国家が激増した。しかし、この民主制は、多くの国ですぐに危機に陥り、多くの国家では放棄されていく - と始まる本書は、民主主義の必然的な勝利に至る過程として20世紀のヨーロッパの歴史を描かない。アメリカやイギリスのような民主主義は例外であり、また例外であるべきだと捉えられていた。イタリアが民主主義に移行すると聞いて、多くの人々は、民主主義のもとでのイタリアの政治はコメディになるに違いないといった。(この予言は現在でもあたっているように見える。)20世紀前半のヨーロッパにおける民主主義の危機は本物であった。誰がシティの寡頭政治でものをいうイギリスと、下品な国のアメリカと同じ体制にしようと思っただろう?民主主義とは違った体制をとなえたファシズムは、当時の人々からみたら、十分にリアリティと魅力があるヴィジョンであった。(ナチスの混乱した搾取と、暴虐な人種政策は、占領後わずか数カ月で、このヴィジョンの魅力を吹き飛ばしたけれども。)一方で、ナチスの挑戦は、民主主義の側に立つと考えるものたちに、その根本原理を再検討させて、新たな民主主義を構築し始める契機となった。

暗黒大陸』という題名には皮肉が込められている。Dark Continent というのは、ヨーロッパが未開野蛮なアフリカを呼んだ言葉であった。しかし、この言葉は、むしろ20世紀のヨーロッパにこそあてはまる。ヨーロッパは、二つの大戦での戦死と第二次大戦時の大量虐殺など、数千万人の人間が、同じ人間に殺されたのだから。