中東キリスト教会・修道会の旅行記

今日は無駄話です。読んだ本は、とても優れたものでした。Dalrymple, William, From the Shadow of the Holy Mountain: a Journey in the Shadow of Byzantium (1998; London: Harper Perrenial, 2005).

出張や旅行に行くときには、仕事関係の本よりも、楽しんで読める本を持っていく。空港や機内でまとまった時間があるから、めったにとれないまとまった自由時間を、その長さを確認しながら楽しむために、詩歌よりも散文、小説なら短編よりも長編を持つことが多い。小説以外では紀行文や旅行記を読む。英語には travel writing というジャンルがある。日本語にも紀行文というジャンルはあるのだろうけれども、ロンドンで旅行記専門の有名な本屋の近くに住んでいたことがあって、そこで旅行記を読む楽しみを発見したから、いまでも英語の旅行記を読む。もちろん、旅行先や出張先と同じ土地の旅行記を読むのが楽しいのだろうけれども、その一致にはあまりこだわらないで、イギリスの新聞や雑誌で評判になった時に買っておいた旅行記から一冊持っていく。今回は、ドイツの出張だったけれども、それとは何のかかわりもなく、レバノンやシリアを中心にした旅行記にした。旅行の目的地と旅行記の対象はなんの関係もなかったけれども、さすが、有名になった旅行記だから、素晴らしかった。

この旅行記は、現在と過去の二重構造を取っている。もともとは、ヨハネス・ムショスとでも読むのだろうか、英語では John Muschos と表記される東方キリスト教の聖職者がいて、彼が6世紀から7世紀の東ローマ帝国内の各地の修道院を遍歴してまわり、それぞれの土地で起きたことを書き留めた「たましいのまきば」という本がある。(Spiritual meadow というタイトルで翻訳もされているらしい。)今では専門の学者以外にはあまり知られていない作品だが(私はもちろんこの本で初めて知った)、書かれた当時は非常に人気があり、先を争って写本され、数か国語に訳されたという。

この旅行記は、ムショスの作品から1400年以上の時間を経た後で、そこで言及されている教会や修道院のうち、現存しているものをもう一度めぐってみようという趣向の旅行記である。イスタンブールから出発して、数か月かけてシリア、レバノン、イスラエルなどのキリスト教修道院をめぐりながら、現在と、写本に書かれている1500年前の記述が交錯していくという、旅行記としてはよくある構造だけれども、現在と過去の双方について、把握と思いが素晴らしい。この地域は、ユーラシアの西半分の文明がそこで形成された文明のゆりかごでありるつぼであるが、それと同時に、現在のイスラム原理主義やイスラエルの横暴のように、宗教をめぐる争いが最も激烈である地域である。現在、この地域全体から多くのキリスト教徒が外へ移民し、訪れた多くのキリスト教の修道院は存続の危機にさらされ、場合によっては暴力にさらされている。宗教戦争と対立の最前線に立って、1500年前を回想しては現在を思うという、夢と現実を行き来するような旅行記になっている。

冒頭は、問題の写本の最古のものをギリシアの修道院に観に行くところから始まっていて、ここの記述も美しい。学者としては、いつか、自分の専門を素材にして、このように優れた旅行記を書くことができたらいいだろうな、と夢想する楽しさもある。きっと、そんなことはしないと思うけど。