「夜鳴く鳥」

必要があって、山田慶兒「夜鳴く鳥」を読む。もともとは1985年の『思想』に掲載された論文である。当時の人文社会科学で流行していた、象徴や記号論を使う手法で古代中国医学の呪術療法を読み解いた論文である。その学識、論理、想像力において、一つの決定版と言える傑作だと思う。文献は、山田慶兒『夜鳴く鳥―医学・呪術・伝説』(東京:岩波書店、1990)

馬王堆から出土した医学の文書「五十二方」にみられる、子供が痙攣してひきつけを起こす病気を治すための呪術療法の分析である。療法は、子供がひきつけを起こした時には、屋根の妻の雑草をとり、それを焼いて灰にして、水に入れて撹拌して灰を沈殿させたあとの上澄みをすくって杯に入れ、唾を吐いて呪文をとなえ、スプーンで痙攣が激しい個所をなでまわし、そのスプーンを杯の水で洗う。その表面に血がかすかに浮く徴が出たら、その作業をもう一度繰り返し、血の徴がなくなるまでこれを繰り返すと、子供のひきつけが治るだろうという処方である。

子供のひきつけは、夜に鳴きながら飛ぶ鳥が上から何かを落とし、それが小児の外衣や外皮につくことによって起きる。この鳥は姑獲やうぶめ・九頭鳥などさまざまな形に変形していった。ひきつけは、飛行物-小児という天―地軸を降りてくる線に沿って疫鬼がやってきて、外衣・外皮から魂がやどっている体内へという外―内軸に沿って小児に侵入して、その魂を押し出してさまよわせることによって起きると考えられていた。だから、病気を治すためには、もともと小児の魂の占める場所に入り込んでいる疫鬼を追い出して、魂を呼び戻せばよい。

『五十二方』の呪術療法は、この天―地と外―内をむすぶ世界を象徴的に再現するものであった。屋根は魂の通路であり、その雑草を燃やす煙は空を浮遊する小児の魂に帰るべき場所を教える。灰を水に入れて撹拌し沈殿させることは、天―地軸の極性分化を再現することである。呪文と唾はどちらも口から出るものであり、その力の強さは呪術の力の尺度であった。「はげしく毒言し、語、人を軽んずる者は、ヨウに唾し病に祝せしむべき」と『黄帝内経』にもある。この力をもって、スプーンで疫鬼がいる箇所に触れて、鳥が落とした「血」で知られる疫鬼を追い出すのである。