必要があって、病気の歴史の概説書をチェックする。文献は、Mary Dobson『Disease―人類を襲った30の病魔 』小林力訳(東京:医学書院、2010)。
著者の名前も英語表記であり、書物のメインの題も英語という、ちょっとめずらしい日本語の書物である。いま、同じ出版社から、『Medicine ―医学史の70の発見』(仮題)というタイトルの翻訳を準備しているが、出版社としては、この『Disease―人類を襲った30の病魔』とペアという形で売り出したいとのこと。もともとの英語の書物としては、両者は関係ないが、こうやって二つ並べてみると、一流の医学史家による非常にすぐれた書物であること、広範で網羅的なこと、そして優れた図版が非常に多いことなど、たしかに両者をペアにするのは優れたアイデアだと思う。
自分が訳している書物のペアとなるものだから褒めるわけではないが、このジャンルで、この書物を超えるものはしばらく現れないだろう。ペストやコレラなど、私がわりとよく勉強したことがある疫病については、基本的な情報、重要な歴史的な視点、telling details のエピソードなどが、本文とコラムをうまく組み合わせて、見事な手つきでまとめられていた。著者のドブソンは、イギリスの南東部の湿地帯におけるマラリアの蔓延と、その人口学的・社会的な影響を描いた名著、Contours of disease で著名な優れた歴史学者だから当然なのかもしれないが、たとえば、学者としては少なくとも同じくらい優れているマーク・ハリソンの著作 Disease and the Modern World: 1500 to the Present Day (Oxford; Polity Press, 2004)に較べて、ずっと「優れた」書物だと思う。これは、もちろん一般書と教科書の違いという問題もあるが、写真や図版の利用、コラムの利用など、私たち学者が教育の過程で習わないメディア利用のスキルにおいて、ドブソンが圧倒的に優れているからという事情があると思う。
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