怪物「パタゴン」が住む土地

Chatwin, Bruce, In Patagonia, with an introduction by Nicholas Shakespeare (London: Vintage, 2005)
ベルリン出張の移動中の時間などに読んだ。それまでタイムズ日曜版の記者であった著者が、神隠し同然に姿をくらまして半年間パタゴニアを放浪した経験に、センスがいいリサーチを足して出版したものである。1977年に出版されたときには、「紀行文というジャンルを変えた」と言われたそうだ。翻訳も出ていて、「池澤夏樹・個人編集 世界文学全集」というシリーズに入っている。

全体としては、子供のときに家にあったオオナマケモノの毛皮がそこから来た土地を訪ねるという構成が使われていて、それ以外は、ほぼ気の向くままに旅をしている。あとは、現地の人物と歴史からのエピソードが糸で紡がれて、万華鏡のように不思議な「パタゴニア」の虚像が浮かんでは消えるという感じである。いわゆる大航海時代のマゼランなどの航海者のエピソード、19世紀から20世紀にかけてのイギリス各地(スコットランドやウェールズ)からの移民や、ヨーロッパからの移民、アメリカから逃れてきた無法者たち(ブッチとサンダンス)の歴史の話と、現地で彼があった人々の話や記憶などが織りあわされるかのように、イメージの奥行のようなものを作っている。

パタゴニア」というのは、マゼランがそこの原住民をみて「パタゴン」と言ったということから来ていて、この「パタゴン」というのは「大きい足」の意味であるとよく言われるが、チャトウィンによると、実は1512年に出版された「ギリシアのプリマレオン」という騎士物語に登場する、犬の頭をした怪物であるという。ついでにいうと、このパタゴンは、シェイクスピアが「テンペスト」のキャリバンのモデルにしたのではないかとチャトウィンは推測している。