小諸の精神病調査と奇怪な建築

秋元波留夫・島崎敏樹・岡田敬蔵・は名城政順「地方小都市に於ける民勢学的及び精神医学的調査」『精神神経学雑誌』47(1943), 351-374.
八丈島、三宅島、池袋に続いて、地方の中都市を選んで行った精神病調査。長野県の小諸をえらび、人口の約40%の5207名を選んで調査した。血族結婚は低い地域である。精神分裂病は普通であったが、躁鬱病が非常に高かった。このうち、大部分が周期性うつ病で、躁病はわずか一例であった。

症例をひとつ。コンクリート住宅を自分で建てようとした患者。精神異常者が建てた奇怪な建築と言えば、東京の「二笑亭」が有名だけど、ここでも少し似た症例があった。

男、61歳、長野県人、元警察官。14年前から夫婦だけで自宅をコンクリートで建築せんと企て、少しずつ金をためては材料を買い求め、他人を煩わさず全く独立で工事をすすめてきたが、現症や資材不足のためいまだ完成に至らず、この2,3年は工事も中断されている。患者は夫婦でこの未完成の奇怪な建物に住んでいる。本人が刑事在職中取り扱った被疑者が自分を恨んでいるといい、その亡霊が夜になると自分を襲ってくるとて甚だしく恐怖し、この亡霊の襲撃を防御するのだといって縁の下に深い隠れ穴を掘ったり、あるいは患者自身攻撃を受けているごとく思い、「殺しちまえ、やっつけちまえ」などと叫びながら彼方を抜いて路上に飛び出して興奮したため、長野市の某精神病院に収容された。
 現在は理路整然としているが、朗らかで気分は昂揚しており、多弁であり動作もいたって活発である。また現在住んでいる家のごときも、コンクリート建ての素人建築で、未完成であるから奇怪ではあるが、そのプランを説明してもらってみると、ごく平凡で、別に常識で理解し得ぬような不合理なものではない。