クレッチマーのヒステリー論

Kretschmer, Ernst, クレッチマー『精神医学論集』湯沢千尋訳(東京:みすず書房、1991)
クレッチュマー『ヒステリーの心理』吉益修夫訳(東京:みすず書房、1953)
「ジャネ・フロイトと並び、ヒステリーについての世界の三名著」と訳者は紹介している。たしかに、素晴らしい洞察を持つと同時、フロイトに顕著に見られる、自分の理論の中に現象と症状の観察を流し込み、場合によっては患者を誘導していくという不安感がない。これについても、訳者は、フロイトの名前は出していないが、「ヒステリーの心理学が不可解なXを仮定することによって科学性を失うことこそ著者の最も恐れたことであろう」と高く評価している。


「もし一人の乙女が望まない結婚を強いられたならば、彼女にはこれを逃れる二つの道がある。すなわち、計画と熟慮をめぐらし反対者の弱点を利用し、あるときには強く抗い、あるときには賢明に避け、そしてあらゆる境遇の言かに適応した抜け目のない談話と行為によってついにその目的を達する。そうでなければ彼女は或る日突然卒倒して痙攣的に打ち、或いは震え、或いは急動し、或いは転倒し、或いは突っ立ち、かかる運動を彼女がその嫌いな求婚者から逃れるまで繰り返して止めない。また二人の兵士が戦争の恐ろしい体験に適しなかった場合を考えてみよう。一人は自己の美しい書字や、技術的能力、郷里における関係を熟考して、彼の味方と反対者をしらべ、幾多の巧みな手段を講じて終に静かな事務室の中に落ち着いた。他の一人は、ある朝、猛烈な砲撃のあとで塹壕の中を無茶苦茶に右往左往に駆け巡っているのを発見され、そこから連れ去られた。激しい戦慄性振顫を突然おこして神経病者収容所に運ばれ、続いて守備隊勤務のために事務室へ移送された。そしてここで彼は偶然彼の賢明な同僚がすでに書記に従事しているのに邂逅した。」14

ヒステリー反応はいわば地下道であり、地上の道は熟慮的な選択行為である。地下道は深い刺激から出発して表象に乏しい瀰漫性の情動の緊張状態を通り、直接運動性発散に終わる。その発散は、系統発生的に固定したひな形として準備されていて、個々の境遇の特性に特殊な適応をなすことなく行われる。地上の道は不快な刺激に出発して情動の付随した表象系列を通り、精神内において運動性衝動をふるいわけて十分選択され境遇に適応した運動系列に到達する。それだからヒステリー性の反応が人間の常態の反応に対する関係は、ちょうど本能の知力に対する関係になる。 19