横溝正史「生ける死仮面」「蝋美人」

横溝正史「生ける死仮面」「蝋美人」
横溝正史『首』(角川文庫)に収録されている二つの短編の医学的な背景についてメモ。
「生ける死仮面」は同性愛と男娼をめぐる短編。東京杉並に住む彫刻家が、上野の男娼であると思われた17,8才の美少年をアトリエに運び込む。少年はヒロポン中毒と肺の病気のためにすぐに死ぬが、死後もその死体を愛して、腐乱しかけた死体と寝ているのが発見されて事件が始まる。この少年を愛した女性が、おそらくヒステリーの一種なのだろうが、特殊な性格造形をもった人物として描かれているが、それが私の症例誌に出るある患者にそっくりで、大きなヒントをもらった。ついでにいうと、戦前の上野の男娼については、小峰茂之が大きな仕事を残している。

「蝋美人」は、当時の法医学がエロ・グロ系のきわどさと紙一重であったことを示唆する短編。法医学の天才博士が、身元不詳の白骨死体に肉付けする話を背景として持つ。その肉付けした死体が行方不明になった有名な女優に生き写しであったこと、それを銀座のデパートの「防災展覧会」で行ったこと、この「防災展覧会」は血みどろの殺人現場や鉄道わきの事故での生首の写真など、グロ趣味に迎合するものであったこと、法医学の天才は自分が再現した蝋人形を見世物屋に売ろうとしていること、などが重要であろう。この法医学の天才は、浅田一のような人物を思い浮かべればいいのかな。これが上昇したのも面白いが、現在の法医学はそういうものではなくなっていると思うけれども、そのようなきわどさから法医学が脱したように見えるのはなぜだろう?