横溝正史「真珠郎」と精神病質者の製作


『真珠郎』は横溝正史の初期の作品。1936-37年の雑誌『新青年』に連載された。美少年で残虐で道徳心のかけらも持たない精神病質的な殺人者「真珠郎」が、医者によって遺伝と環境の双方を通じて製作されることが重要な設定になっている。「真珠郎」は無慈悲に人を殺す陰険な殺人者で、「人間ペスト」「人間バチルス」と呼ばれているから、精神科医がマッド・サイエンティストとなり、人間を製作・調教して残虐な精神病質者を作り上げる物語である。精神医学の歴史の研究者は、色々な種類の反感を抑えて(笑)、この作品は読んでおかなくてはいけない。

遺伝のほうは、悪の血を持つ血統の男で、本人も犯罪を重ねて最後には刑務所で狂死した人物を父親として、母親はサンカで美人だが白痴でうそつきで無節操で手癖が悪くて非常に残虐な女であった。二人を連れてきて目隠しをして真っ暗な蔵の中にとじこめ、二人が美しい二匹の獣のようにまじわって生まれてきたのが真珠郎である。一方で環境は、世の中から切り離して社会の道徳や世界の真善美から切り離したうえで、狂気と残虐と陰険を教え込んだ。真珠郎は蔵に閉じ込められて鎖でつながれ、外に出ることは厳禁された。蔵の壁は気が狂うように無秩序で派手なけばけばしい色彩で塗られ(軍艦のカモフラージュのようであったと説明されている)、そこには凄惨な責め道具が無数に置かれた。生き物を殺しては首を切り落とし、死体をぶらぶらさせてはけたたましい笑い声を立てると、主人の医師はそれを誉めるというしつけをした。こうして、悪を悪と思わない精神病質と白痴の血を両親からひきつぎ、社会から切り離されて隔離された環境でしつけられた真珠郎が連続殺人を犯すというストーリーである。ここには、まさに同時代の精神医学の主役であった優生学と精神衛生の歴史が刻まれている。そして、それと同じくらい面白いことが、この調教の過程がきちんと記録されているという設定になっていることである。「真珠郎日記」と題された数十冊のノートが医師によって残されており、生誕から20歳まで、一年に一枚の写真をつけ、そこの調教の結果が毎日日誌形式で記されたということになっている。これは、家族の成長アルバムのパロディでもあるだろうが、きっと症例誌の日誌のパロディでもあるのだろう。

ここには、精神病患者の隔離と優生学・精神衛生が倒錯した形で融合して、精神病者を作り上げる病理装置を作っている。諸外国に較べたら圧倒的に少ないが、精神病院が急速に増加して人々の想像力を捉えるようになった時期であり、優生学と精神衛生はまさに言説が花盛りの時期であった。その時期に人々の想像力を捉えた作品である。

画像は角川文庫の『真珠郎』の表紙。杉本一文の作品。