ヤスパースより地震後の神経症について

この数年は20世紀の精神医療の歴史を研究しているから、そのための体制を自分の中で徐々に作っているが、その一つが、簡単なことだけれども、「ヤスパースとクレペリンの教科書を座右に引きつけてよく目を通す」ことである。どちらも、みすず書房から美しい書物で出版され、しかも西丸四方の名訳で出ている。ヤスパースについては、それに対応するドイツ語の原著まで持っている。ヤスパース『精神病理学原論』を読んでいるときに、ふと気がついたことがあるからメモする。

クレペリンでもヤスパースでも大体は同じことだと思うが、20世紀初頭のドイツの精神医学の教科書には、ある特定の状況によって生じて、それとともに理解される一群の精神疾患を分類しなおして掲載している箇所がある。ヤスパースでは病的反応を論じる部分、クレペリンでは「災害精神病」の部分である。戦争を経験したあと、この部分に、戦時神経症が組み込まれることになった。これは、後に櫻井図南男が「事態精神病」と呼ぶことになり、外傷性神経症と戦時神経症を論じた枠組みである。

1914年からの第一次世界大戦において、戦時神経症の毒々しい大流行が訪れて、きっとヤスパースの記述も変わってくるのだろうが、私が持っているヤスパースはそれ以前の版だから、主力は、刑務所に収監された囚人の「拘禁精神病」、労働や公的な事故のあとの「賠償神経症」、地震のあとの「破局神経症」、そして移民のあとの「懐郷反応」である。地震のあとの反応としては、スイスのEduard Stierlinなる医者が書いた、イタリアのメッシーナの1908年の地震のあとの災害神経症が引用されているが、それ以外に、「激しい感情の動きや絶望的な死の不安、相応する感情がまったくなく、著しい無表情、ある場所に意味なくじっと突っ立っている」状態が描かれ、ここにヤスパースの註が打ってあって、「ベルツ アルゲマイネ・ツァイトシュリフト 58 巻、717頁」とある。これが、何度か言及されているのを見たことがある、東京帝大の教授であったベルツが、濃尾地震について書いたものだろうか。日本の精神病医たちは、自分の国の地震後の神経症を、ベルツ―ヤスパースという経由で、知ったのだろうか。