必要があって、プロの近世史の研究者による医療史研究を読む。文献は、海原亮『近世医療の社会史―知識・技術・情報』(京都:吉川弘文館、2007)
著者が色々な箇所に論文として出版したものに訂正を加えてまとめて一冊の書物にしたもので、それぞれの論文の実証の水準は、少なくとも私などが見ると非常に高いけれども、全体としてどんな主張をしたいのかは良く分からない。しかし、それぞれの論文での議論の仕方は、さすがに若い優れたプロの歴史の研究者で、研究史のまとめとか、こんなことが問題になっているのかとか、どんな研究文献があるのかとか、そういうことを知ることができたのは非常によかった。
II部3章の、江戸の文政期に出された医科人名録に登場する約2000人の医者たちの属性の分析が面白かった。この2000人の約半数の1000人が「藩医」に分類されていた。藩医の中にも、もともとその藩に居住しており藩主の参勤交代にしたがって江戸に来たもの、江戸に居住していたもの、それから、もともとは著名な町医で選ばれて藩に招聘されたもの、などの区別があった。この、将軍家と藩に直接間接に支えられた医者たちが多数集まっていたので、江戸は、医学校・学塾などを通じて、学界のネットワークを形成して学問状況を主導することができた。医師相互の人的関係やネットワークが重要であり、藩(あるいは幕府)の機能としての医学ネットワークの達成は見られなかったという。