インテリア小物としての浣腸器

医療器具と骨董蒐集

エリザベス・ベニヨン『西洋醫療器具文化史』児玉博英訳、上・下巻(東京:東京書房社、1982).

 

昔の医療器具は欧米ではアンティークの骨相蒐集の対象であり、鋏、ランセット、切断用のノコギリ、浣腸器、薬を入れる壺などが、かなりの規模と格式がある市場で取引されている。原書はそのような医療器具のアンティークの図録である。原書は昔の医療器具の図や写真を大きな図版で数多く掲載している貴重な本である。しかし、原著も翻訳もあまりよくない。それぞれの器具の説明や背景の説明は、背景と的確な知識を感じさせないし、翻訳も素人っぽさが随所に感じられる。わりと安価に古書で買える。医療器具の歴史というのは、これまではプラクティカルな進歩が強調されるか、人体と患者の侵襲が強調されるかのどちらかであったが、新しい歴史記述のフレイムワークが出現しつつある分野である。

 

 

医療器具は機能性が強い印象を与えることが多い。メス、ランセット、鋏、注射器などは硬質で無表情な美学を持つ。一方で、西洋医学だとマジョルカ焼の薬の壺や、日本の医学だと薬籠などは、むしろ装飾的な華やかさや上質な品格を持つ。その二種類の相反的な美学が混在したり、機能性が期待される品目が例外的に装飾的だと、あれという違和感を持つ。そのような例が、この19世紀の浣腸器である。19世紀はまだまだ浣腸器の全盛時代で、機能面でさまざまな工夫を凝らした浣腸器が作られていたが、この図版は装飾的なものを三つ集めたものである。磁器製のもの、銀メッキで表面に装飾的な模様が施されたもの、そして閉じると本の形に見えるものである。磁器製のものの表面に見える文字は、Eguisier という語の一部であろう。これは、フランスの産科医のMaurice Eguisier が作り出した注入や浣腸の器具のメーカーの製品であることを指す。銀メッキの製品も人に見られることを前提にしているように思われる。特に面白いのがやはり本の外装をしているもので、鞄に入れて持ち歩き、人に垣間見られても露骨に浣腸器とはわからない仕組みになっている。19世紀のヨーロッパ人が人前で浣腸をしたわけではもちろんない(笑)。彼らは、家に浣腸用の備品を置いていただろうし、わりと普通に浣腸用の器具を持ち歩いていただろう。寝室やバスルームに常備して違和感がない家の小さな備品、あるいは携帯しておかしくない衛生用品として人目についても大丈夫な外装の浣腸器があったのだろう。

 

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