未読山の中に古い新着雑誌を見つけて、19世紀末のドイツにおける、直腸栄養補給についての論文を読む。文献は、Sammet, Kai, “Avoiding Violence by Technologies? Rectal Feeding in German Psychiatry”, History of Psychiatry, 17(2006), 259-278.
19世紀の半ば以降に精神病院の建設が進むと、それまでは個別の状況に合わせて処理されていた(あるいは無視されていた)いろいろな問題が明らかになるが、そのひとつが食事を拒む患者にどうやって栄養補給をするかという問題である。ちょっと汚い話になるが、方法は上からと下から。1840年代にフランスのベイアルジェらが唱えた方法は、口を固定して食道から管を通し、砕いた食べ物を胃の中に送り込む方法であった。もうひとつが、浣腸器で肛門から滋養物を注入する方法である。この論文は、1880年代に、私立精神病院を経営していた叔父と甥である リヒャルツとエーベケ (Richarz and Oebeke) という医師が積極的に唱えた直腸栄養補給を検討している。口から管を通す方法は、失敗すると喉頭や気管を傷つける可能性があったこと、リヒャルツたちは私立病院で中産階級を相手にしていたから、口に「くつわ」をかませて管を送り込む拘束的な方法に抵抗があったこと、同時代の化学・生理学が、食物の栄養のメカニズムを吸収の機構を分析し、肉から作ったスープ(有名なリービヒのスープである)などの栄養が直腸から吸収されることを証明していたことなどが、この技法の背景にあった。あまり広まらなかったそうだけれども。
この論文では、必ずしも具体的な史実とかみ合っているわけではないが、ブルーノ・ラトゥールのSTSの面白い視点と方法を使っていて、それは「道具論」「テクノロジー論」である。ある技術というのは、実は人間の技法、それにまつわる社会・組織の問題など、複雑な社会的な関係に基づいているが、それらをブラックボックスにいれて、見えにくくする作用があること。また、技法や組織などと違って、道具・器具は「堅固さ」を持っているということ。いま、戦前の日本の精神医療におけるインシュリン・ショック療法の論文を仕上げているが、このテクノロジー論は、そこに少し「色をつける」ヒントになった。