マーサ・ヴィチナス「ヒロインの条件―少女向け伝記に描かれたフロレンス・ナイチンゲール像」モニカ・ベイリー他『ナイチンゲールとその時代』小林章夫監訳(東京:うぶすな書院、2000), 149-173.
子供向けに書かれたナイチンゲールの伝記を分析した面白い論文で議論は明快で分かりやすい。時代は1870年ころから1950年ころまでをカバーしている。高級な内容と分かりやすさが併存している素晴らしい論文である。内容としては、大学院生が読まなければならない程度の難しさを持っている。メタの視点に立って読むということだろうか、かつて書かれた伝記をどうしたら批判的に読むことができるか、つまり、それぞれの伝記の視点がどのようなバイアスや軽視・無視などを生み出しているかを意識するということである。これは、大学院生や研究者が読んで意識するべき内容であるし、私自身、ナイチンゲールの伝記に含まれる多様性のある部分が説明されてすっきりした。
その高級なメッセージが、学部1・2年生くらいの学生が読んでもわかるように面白く書かれている。たとえば、こんな文章はどうだろう。「たとえば、彼女の人生における[伝記にとって]好ましくない事実は、ヴィクトリア時代の伝記の中では文字通り、常に切り捨てられてきた。他の多くのヒロインとは違い、ナイチンゲールは裕福な家庭に育った。この点はマイナスに働く可能性があるのだが、彼女が看護婦になるために手放したすべてを語ることで、これは帳消しにされている。<彼女の家庭には金銭で得られるあらゆる快適なものがあった。真の博愛主義者でなければ、ほんのわずかな期間でもその魅力に勝つことはできなかっただろう。だが、神の摂理によって彼女には別の大きな計画が用意されていたのである>」
医学史の教師としては必読の文献であるし、こういうセンスを授業の中で伝えなければならないのはもちろんである。ただ、こればかりやりすぎると、人の研究の視点を批判することが研究だと思う研究者が作られるのだろう。安穏にいえば、そのあたりのバランスが難しいところであるし、厳しい言い方をすると、だからこそ、先行研究を超える大きなシナリオを作らなければならないのである。