ガレノス『解剖学論集』酒井建雄・池田黎太郎・澤井直訳(京都:京都大学出版会、2011)
ガレノスの解剖学のテキストのうち6点を翻訳したものである。「骨について初心者のために」「静脈と動脈の解剖について」「神経の解剖について」「臭覚器について」「子宮の解剖について」「筋の解剖について初心者のために」。いずれの翻訳にも密度が高い訳注がつけられ、私はギリシア語も解剖学もできないからその正確さなどを個人で判断することはもちろんできないが、日本の医学史研究が将来にわたって誇りとする業績になるだろう。正直に言えば、私が読めた部分は「解説」だけであるが、膨大で緻密な仕事に基づいて素晴らしい発見と洞察を示している傑作である。
翻訳・訳注・解説が最も力を注いでいることは、ガレノスのギリシア語テキストを、ヒトとサルの解剖と較べること、そしてそれを近代の解剖学、とりわけヴェサリウスのそれと較べることである。ガレノスはローマの慣習でヒトは解剖せず、サルなどの動物解剖で代用したから、ガレノスの記述がサルの解剖のそれに合致しているかを検討する。ヒトとサルの解剖がほぼ同じなのか、それとも違いがあるのかを検討して、ガレノスの記述がどの程度まで彼が見ていなかったヒトの解剖に近いのかが確定される。より重要なことは、ガレノスの記述を知っており、しかもヒトを解剖したヴェサリウスの記述と較べると、ヴェサリウスが実際に見たはずのヒトの解剖ではなく、ガレノスの記述に従っている箇所、それもガレノスの記述を画像化している箇所があることがわかる。ヴェサリウス『ファブリカ』の脳神経の図、特に三叉神経のようすは、実際のヒトの解剖とは一致せず、ガレノスの記述を画像化したものである。まさしく、坂井先生のチームが、ヴェサリウスに対して「一本取った」指摘であろう。
画像は、ヴェサリウスが人体ではなくガレノスの記述に従っていたことを示すもの。私自身は、どこをどう描けば人体になるのかわからないけど(笑)